見出し画像

【短編】『ユマンの隘路』(前編)

ユマンの隘路あいろ(前編)


 時は2350年、気候変動により数々の自然災害が起こり、地球は危機に瀕していた。気温や海水温の上昇、山火事の多発、世界各地を襲う大型台風、大規模地震や津波の発生。もはや地球は滅亡の一途を辿っていた。人々は、荒れ狂う地球環境に不安を募らせ暴動も多発した。そんな中、資本主義において主役を担ってきた企業にとって代わり、勢力を拡大していったのが宗教であった。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、儒教、仏教など昔ながらの宗教はすでに時代遅れとされ、多くの人々に支持されるべく、「ユマン教」という宗教が台頭していた。その宗教の教義は、「ユマン教すなわちヒューマン教は、人類が世界の選ばれし存在であることを認め、種の永続を信ずること」であった。しかし時を経て、その教義への解釈が徐々に変化していき、最終的にユマン教は二つの宗派へと分裂した。一つは、「リアル派」である。リアル派とは、世界滅亡から人類を救うために宇宙開発や最先端技術による災害からの防衛を進めることこそが人類存続の唯一の道とする宗派である。もう一方の宗派は、「リベロ派」である。リベロ派は、災害の根源的な原因である人間による環境破壊を完全に撲滅し、自然を尊重することを条件に人類の存続が実現するという宗派である。リアル派がリベロ派に対峙する要因としては、地球環境は人類の行いに関係なく元より劣化していく運命にあるという地球滅亡説を唱える所にある。一方でリベロ派は、地球環境は人類の行いによって変化するという地球持続可能説を唱える。

 リベロ派は大昔の地球サミットという世界会議にて発表された「持続可能な開発」というスローガンが発端となって誕生した宗派である。当時は、リベラリズムという思想のもと、各国の環境保全の数値目標の提示や汚染地域の復興のためのボランティア活動支援など、間接的に運動が繰り広げられていた。しかし今となっては工場を破壊したり、ガバナンスにおいてポリシー違反の対象となる企業に直接的な制裁を加えたりするようにその運動は過激化していった。環境への関心が生まれた当時は、そもそも真新しい考え方であるために国や企業から賛同を得ることがなかなか難しく、浸透するまでに時間がかかった。現在、リベロ派の活動は多くの国や地域から支持され、人々の災害に対する不安払拭の希望となっていた。

 ある日、リアル派が計画していた最新型宇宙船の打ち上げが失敗に終わったのを機に、リアル派の人気は急落し、代わりにリベロ派が一歩リードするかたちとなった。リベロ派が持つ債券の相場価格は徐々に高騰していき、信徒、非信徒関係なく皆こぞってリベロ派の債券を買い漁った。まさに宗教バブルと呼べるほどの大盛況であった。宗教改革から数年を経て、大手企業は各派閥に吸収され、名目上資本主義は続いたものの、企業の宗教色の強さは増していった。記事には「これからは企業よりも宗教が世界経済を回す時代」とまで書かれた。

 私はリベロ派の自然エネルギーの開発事業に携わっている。当然宗教バブルの機を逃すことなく活動への投機は行っていた。実は所有している資産の大半は投機によって得た利益である。債券購入者から集められた資金は、布教活動や環境破壊撲滅活動、宗教行事などの運営に回された。災害が起こる度に、あるいはリアル派の計画が失敗する度に、リベロ派の信徒は増えていった。そして信徒が増えれば増えるほど債券を売って手にする額は倍増した。私はその金で一軒家のマイホームを購入した。高級車も買った。今まで家計が苦しかった分、金使いの荒さが目立った。

 休日、買い物をしに街を歩いていると、リアル派の集団が買い物帰りの主婦や暇を持て余したヒッピーたちにむけて演説をしていた。「今こそ、皆で地球を取り戻す時ではないか!地球が滅亡?そんなことは我々がさせない。我々の故郷は我々の手で守りきる。母なる大地を見殺しになどできるものか!」
主婦たちはそのまま演説に目もくれることなく、高層マンションの方へと去っていく中、ヒッピーたちは床に寝そべりながら真剣に彼らの話を聞いていた。私はすでにリベロ派に入信しているものの、彼らの演説をヒッピーたちの後ろで立ち聞きしては拍手を送った。

 休日の半日は、工場改修運動に参加する必要があった。名目上改修とされているが、実際にはただ工場を破壊することが活動内容だった。休日のうちに、機械設備やシステムの電源などありとあらゆるものを破壊し、平日の朝工場の作業員が出勤しては、何もかも作動しないことに気づくという流れだ。被害に遭った企業はリベロ派を訴えることはできたが、戦争の引き金になりかねないと、リアル派の上層部によって揉み消された。

 力仕事を終えて、最近購入した新築のマイホームに戻ると、自分宛に一通の手紙が届いていた。表には「極秘」と書かれており、今にも眠りそうな私の表情を一変させた。すぐに封筒を内ポケットに仕舞い家の中へと入った。ハサミで封を切ると、一枚の紙切れに暗号文が書かれていた。

UX285、OH(>)【】M50、#*

解読すると、こうである。
緊急連絡。軍事作戦計画の可能性あり。施設を特定せよ。

私はその手紙を書斎にあるシュレッダーにかけてからゾンビのように廊下を徘徊し、ベッドにたどり着くや否やそのまま深い眠りに入った。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

▶︎続きの【中編】はこちら

この記事が参加している募集

眠れない夜に

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?