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書評

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#哲学

痛みと神散文 - 『麻酔はなぜ効くのか〈痛みの哲学〉』外 須美夫【書評】

痛みと神散文 - 『麻酔はなぜ効くのか〈痛みの哲学〉』外 須美夫【書評】

麻酔科医で現在ペインクリニックの医師である外 須美夫氏の著者『麻酔はなぜ効くのか〈痛みの哲学〉臨床ノオト』を読んだ。
彼の、まるで医師とは思えない文学的センス、そして麻酔科医という視点からの衝撃的な臨床の記録に大変感銘を受けたため、軽く紹介させてほしい。

本書では麻酔の歴史や麻酔科医の誕生に触れたのち、著書である外氏の長い麻酔科医としての印象的な臨床経験が語られる。随所に彼のセンスを伺える詩や俳

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散文日記 - 『動物・気違い・死』J・P・ペーテル

散文日記 - 『動物・気違い・死』J・P・ペーテル

昔住んだ駅で人身事故。
夕暮れが綺麗な駅だった。

どの辺かな。
ホームかな。
わたしがあの駅で死ぬなら、八王子側の、夕日が一番綺麗に見えるあそこを選ぶ。少し細くなっている、遠くの山が微かに見えるホームの先の、白い柵を跨ぐ。夕暮れ時には黄色になる、あの剥げた柵を。

立ち入り禁止。生きているのなら。

どんなひとだったかな。
疲れていたかな。それとも、ずっと前から決めていたのかな。
遺書、書いたか

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遺書散文 - 吉本隆明『遺書』

遺書散文 - 吉本隆明『遺書』

友人に勧められ、吉本隆明の著者を手に取った。『遺書』というタイトルである。選んだ理由は、価格と、タイトルになんとなく惹かれた、ただそれだけであった。

吉本隆明は詩人、親鸞の研究などで知られる評論家でもある。本書『遺書』は” 死" を「国家」「教育」「家族」「文学」など様々な視点から捉え、彼自身の死生観を俯瞰的に語った一冊である。大変興味深かったため、軽く紹介させてほしい。

そもそも「死」には様

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軽石散文 - 『嘔吐』サルトル

軽石散文 - 『嘔吐』サルトル

我々は信じたくない。思い出とは、過去とは、経験とは、ただ、自分のなかに佇むだけで、その体積のわりに、現在に一切の知恵も利益も与えてないことを。それどころか、その思い出のせいで我々は怖気づき、行動は制限され、退化しているとさえいえる状態に陥っている。スピッツの草野さんだって言っている。「君が思い出になる前に、もう一度笑って見せて」と。
 
成長は退化だ。時間が経てば精神は朽ちる。自分を含めて、人類は

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手記の美学散文ー『犯罪者の自伝を読む』小倉孝誠

手記の美学散文ー『犯罪者の自伝を読む』小倉孝誠

さて、わたしは監獄小説が大好きである。

監獄で書かれた手記は、大変美しく、興味をそそる。ジュネを筆頭に、ラスネール「回想記」、ワイルド「獄中記」にソルジェニーツィン「収容所群島」、国内からは山本譲司の「獄窓記」や、世間を騒がせた市橋達也の「逮捕されるまで」など、凶悪犯に政治犯、冤罪に至るまで種々多様の監獄手記が存在し、一定の人気を保っている。(話すと長くなるので省略。)
 
仏語翻訳家の小倉孝誠

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逃亡

逃亡

今の職場に就職したとき、先輩が病院内を案内してくれたときの言葉が忘れられない。
そのフロアは片側が産婦人科、もう片側が内科系の一般病棟と血液内科だった。

「Here, people are born here. And the other side, people are dying there. It's our whole life. Haha!」

ニコニコしている先輩を見ながら、あぁこの

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