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ショートショートまとめ

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書いたショートショートをまとめてます。 結構面白いです。
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#ショートショート

【ショートショート】行かないで

【ショートショート】行かないで

お題:行かないで

引き止めるには、少し遅かった。
もう決めたんだとハッキリと君は言った。
その表情は寂しさを微かに含んでいるように見えたが、ただ私がそう思っていたいだけかもしれないと思った。
駅のホームには私たちしかいない。
3月の風はまだ冷気を含んだまま、あっさり遠くへ去っていく。
こうして帰るのも、あと数回だけ。
利用者のほとんどいないこの駅は、私たちの通学のためだけに残されているらしい。

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【ショートショート】弾き手をなくしたテレキャスターと

持ち主を失ったテレキャスターと2人きりで過ごすのも、そろそろ限界だった。
金にならない言葉で埋まったルーズリーフを握り潰して、思い切り投げようとしたけれど、軽すぎて勢いも出ないから、壁に届きもせずに情けなく落ちただけだった。

首を掻き毟って、このウザったい神経を全部引きずり出したらスッキリするかと思ったけど、もうのたうつ程のエネルギーもなくて、床に倒れ込んだ。
狭い天井には何も映らない。
部屋の

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【ショートショート】春風にのせて

お題:さよならを言う前に

さよならとまだ言いたくなくて、宛もないのにモタモタと公園に寄ったり、解けてもいない靴紐を結び直したりしていた。

悠はぴょこぴょことついてきて、いつも通りのたわいもない話をしていた。
歩き慣れた帰り道のアスファルトが、別人のようでいつもより靴底が馴染まない気がした。
私は悠と違って地元に残らないから、この道を歩くことはもうしばらくない。

春風が散らせた桜が足元で舞って

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【ショートショート】さよなら「爆音」

お題:さよならを言う前に

卒業までの数ヶ月くらいは、一緒に過ごせるものだと思っていた。
言いたいことを散々言って、勝ち逃げみたいにこの世から消えた君に、私はさよならもまだ言えていない。
君のおかげで私へのいじめはなくなったけど、代わりに君を失うと知っていたら、こんなことは願わなかった。
望んだ世界に君がいないなら、地獄の底でも君といた方が私は幸せだったけれど、君はそう思ってくれなかったんだろう。

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【ショートショート】おおきなのっぽのふるどけい

壁一面に時計のある締め切った工房。そこが親父の仕事場だった。親父は時計職人だった。齢はもう100を超えている。朝は6時に目を覚まし、7時に工房に入って、18時ぴったりに工房から出てくる。そのルーティーンが崩れたことはほとんどない。まるで時計のような人間だった。

親父は気に入った客にしか時計を売らない。作った時計は娘みたいなものだから、半端な奴にはやれないのだと言っていた。だから親父の工房にはい

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【ショートショート】夏を奪った人

お題:夏

夏に潜む切なさの正体が知りたくて。
世界から夏を奪った男は最期にそんなことを言っていたらしい。
地軸が平行になった世界では、日本に夏は訪れない。
空気の循環が狂って、寒冷化しどの季節も少し寒い。
私は水着で浜辺に座り、かき氷を頬張る。

赤道付近の国や、極地に近い国が領土を奪うため戦争を始め、世界は狂乱の渦となった。
敗色濃厚の中、自国の管理機能すら働かなくなって、国内は思うがまま暴徒

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【ショートショート】繊細な花

お題:繊細な花

風が撫でれば花弁が落ちるほど繊細な花は、いつもショーケースの中にいる。
繊細な花は自分が閉じ込められている理由を知っているし、たまにショーケースを開けて水をくれる人が、自分を大切に扱ってくれているということも分かっていた。
彼は時間が来ると、ショーケースの小窓を開けて、水をくれる。
そして、今日の出来事や思ったことを繊細な花に教えてくれる。

繊細な花はその時間が好きだった。

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【毎週ショートショート】オノマトペピアノ

今日は担当変更があってから、最初の仕事だ。
早速、担当する家を覗く。
私は突き上げ棒をセットし、鍵盤蓋を開いた。
背筋を伸ばし、呼吸を整えて演奏を待つ。

担当する家はシドニーの辺境。
体重3桁越えの婦人のお宅だ。
さあ、彼女が目を覚ました。
演奏開始。

ドシドシと廊下を歩く音を奏でる。
テレビをつけて、ソファに座るとフラットだった座面が歪んで、内部の金具がミシミシと軋んだ。
そして何やらビデオ

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【ショートショート】空白ごと

お題:バカみたい

彼は交通事故で死んだ。
ネットニュースによれば、即死だったらしい。
あんなに苦労して、殺す計画を立てたのがバカみたいだ。
そのために仕事も辞めて、恋人と別れて、全てを捨てて挑んだのに。

ちょうど共犯者からコールがあった。
はしゃぐ声が、ニュースを見たかと問う。
熱っぽい喋りが一方的に響いていたけど、ほとんど頭には入っていなかった。
聞いていられなくなって、電話を切った。

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【ショートショート】花嫁は奪われる

結婚式で花嫁を奪った。
俺と彼女は隠れて、一年付き合っていた。
彼女が結婚を嫌がっていることは知っていたので、勢いよく乗り込んで行った。
彼女は驚いた様子だったが、涙を流し着いてきてくれた。

あれから一年、俺達は結婚する。
荘厳な音楽の下、誓いのキスをしようとすると式場のドアが開いた。
見れば、俺が花嫁を奪った相手がそこにいた。
どういうつもりだと詰め寄ると、男は冷静な口調で言った。
「邪魔する

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【ショートショート】桜の木の下には

【ショートショート】桜の木の下には

お題:春爛漫

ここに来るのは、10年ぶりだ。
季節はうるさいくらいに春めいて、桜の花を爛漫に光らせる。
桜の元に集う群衆はどれも、陽光に勝るとも劣らない笑顔をさんざめかせ、馬鹿騒ぎをしている。
10年前に見たときはこれほど人が集まるような場所ではなかったけれど、随分と出世したものだ。
ここは山の深いところで、道路も通っていなかったのだが、観光の目玉にしようと目をつけた行政が、道路を開拓し、公園を

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【ショートショート】ハッピーエンドの書き方

【ショートショート】ハッピーエンドの書き方

お題:ハッピーエンド

叩いていたキーボードに額をぶつけて目が覚めた。
前方の時計を見上げると、既に朝の4時を指していた。
パソコンの画面を睨みつけて、物語を呪う。
何度書き直しても、ハッピーエンドにならない物語。

「これじゃダメです」

記憶の中の三橋さんが言う。
三橋さんは目鼻立ちのハッキリした美形で口調も丁寧、姿勢も常にバチッと決まった敏腕編集者なのだが、締切が迫ってくると、その眼差しは冷

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【ショートショート】星が溢れる

【ショートショート】星が溢れる

お題:星が溢れる

「こうして面と向かって話すのは久々だな」

天河タケルは口角を横に大きく開いて、ニカリと笑った。
暗闇に光るようなその笑顔は、最後に舞台で見た時と、なんら変わらないように見えた。

「そうでもないだろ。だってあれから1年も経ってない」

「9ヶ月話してなかったんだから、充分久々だ」

外は土砂降りでこの室内にも音は響いていたけれど、天河の声ははっきりと聞こえる。

「で、次回作

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【ショートショート】いつも隣に

【ショートショート】いつも隣に

お題:いつも隣に

本当は特別、仲が良いわけではなかった。
本好きの僕たちは委員決めでは毎回図書委員を選ぶから、一緒にいる時間が多いだけ。
それでいくらか話すようになったから、仲良しと思われて、入る曜日を一緒にされていただけ。

いつも隣にいたけれど、僕は彼女のことをあまり知らない。
だから、どれだけ熱心に聞かれても、僕が答えられるはずもないのだ。
彼女が死んだ理由なんて。

図書室の受付は基本的

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