【ショートショート】繊細な花

お題:繊細な花

風が撫でれば花弁が落ちるほど繊細な花は、いつもショーケースの中にいる。
繊細な花は自分が閉じ込められている理由を知っているし、たまにショーケースを開けて水をくれる人が、自分を大切に扱ってくれているということも分かっていた。
彼は時間が来ると、ショーケースの小窓を開けて、水をくれる。
そして、今日の出来事や思ったことを繊細な花に教えてくれる。

繊細な花はその時間が好きだった。
彼の言葉はいつも優しくて、語る世界は彩りに溢れていた。
このまま続けば良いといつも思うのだ。

彼が部屋を出ることが増えた。
明るくなる前に家を出て、暗くなってから帰ってくる。
表情は活き活きとしているように見えた。
一緒にいる時間は減ったけど、繊細な花はそれでも嬉しかった。
彼が楽しそうに話すのを聞いているのが好きだった。

そのうち、彼が帰るのが遅くなった。
前までは家にいる日もあったのに、最近は毎日朝早くから家を出ていく。
表情は沈んで、しおれているように見えた。
繊細な花は彼が心配だった。

彼は相変わらず繊細な花へ水をくれて、話をしてくれた。
だけど、彼の言葉は少しずつ変わっていった。
トゲついて、ザラついて、語る表情も深刻そうで。
繊細な花はそのことが悲しかった。

ある日、彼は帰ってきても、繊細な花に水をやらなかった。
帰ってくるなり、泥のように眠ってしまって、朝が来ると慌てて出ていった。
繊細な花の花弁が一枚、落ちた。

そんな日がいつしか増えていって、ついに繊細な花の花弁は1枚になった。
命が終わりに近づいている自覚はあったけど、枯れたくないとそう思う。
その日、彼はまだ日が高いうちに帰ってきた。
なんだか清々しい顔をしていて、繊細な花も嬉しかった。

彼は繊細な花に語りかけた。
彼がごめんねとしきりに繰り返すから、謝ることなんてないと伝えたかった。
目を合わせてくれたのは久しぶりだった。
彼とたくさん話すことができて、繊細な花は幸せだった。

彼は最後に「ありがとう」と言うと、銀色に光るものを持った。
尖った方を胸に当てて、笑顔を見せた。
昔の彼に戻ったように見えた。
部屋の真ん中に鮮やかな赤が咲いた。

夕焼けが差し込む部屋で、繊細な花は生きる意味を失った。
繊細な花に水をあげる者はもういない。
そうして部屋の真ん中と隅っこで、一人ずつ枯れていった。

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