【ショートショート】夏を奪った人

お題:夏

夏に潜む切なさの正体が知りたくて。
世界から夏を奪った男は最期にそんなことを言っていたらしい。
地軸が平行になった世界では、日本に夏は訪れない。
空気の循環が狂って、寒冷化しどの季節も少し寒い。
私は水着で浜辺に座り、かき氷を頬張る。

赤道付近の国や、極地に近い国が領土を奪うため戦争を始め、世界は狂乱の渦となった。
敗色濃厚の中、自国の管理機能すら働かなくなって、国内は思うがまま暴徒が暴れているらしい。

熱狂のさなかに身を置くと、それが終わってしまった後の温度が際立つ。
彼が消えた今、私はそれがわかる気がした。
世界をこうしてしまおうとしていた私達はきっと熱狂の中にいて、冷めることが怖かった。
馴染めない世の中に戻らなきゃいけないのが怖くて、全部めちゃくちゃになってしまえばいいと思ったんだ。

だけど、こうして実際に壊してしまっても、誰も私達と同じにはならない。
弾かれ者がふたりぼっちでいた研究室の温度は私達だけのものだった。
彼はもうこの世界にいないから、あの空間は二度と戻らない。

私はきっと冷たい夏が来る度に、あの研究室の日々を思い出す。
手に入らないことを分かって、それでも思い出す。
夏を切ない季節と評した彼の気持ちを、私は今まで分かっていなかった。
けれども今はハッキリとそれが分かる気がした。

残ったかき氷をいっぺんに頬張ると、頭の奥がキーンと痛んだ。

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