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やさしく立ち上がる男
やさしく立ち上がる男
私が
忘れられないのは
やさしく
立ち上がる男
木の椅子
ファミレスのソファ
ダブルベッド
浴槽のへり
ベンチ
気が付くと
立っている
音もなく
動きすら消したように
あの
身のこなし
そっと立っているのかもしれない
多分
つよい筋肉
立つだけで
あれほど
やさしい
あの
優しさだけがいい
他
求てめない
音を立てずに
風だけが
ふっと
ふっと
前髪がはらけ
小説|心が痛かったら手を上げて
歯医者さんに「心が痛かったら手を上げてくださいね」と言われました。奥歯は痛くても、心は痛くなかったので、あなたは手を上げませんでした。帰り道、買ったばかりのアイスを落とした時、あなたは手を上げました。
横断歩道で手を上げているのは、あなたと下校中の小学生たちだけです。手を上げたまま歩いているせいで、タクシーを何台も止めてしまいました。手を上げているわけを話すと、運転手さんたちはみんな慰めてく
アパラチア山脈のふもと
「俺はアパラチア山脈の麓で生まれたからな」
それが友人の口癖だった。どうやらそれは本当の話らしかったが、だからといってどうだと言うのかさっぱり分からなかった。その事実は彼のアイデンティティ形成に深く影響を与えているらしく、むしろ根本から規定しているといっても過言ではなかった。何しろそれは出自にまつわることなのだ。当然なのかもしれなかったが、しかしだから何なのかよく分からなかった。
たとえば居酒
ぼくの悲しみと、君の悲しみと
街を歩いていて、ふとショーウィンドウを見るとぼくのとよく似た悲しみが展示されていた。ぼくは自分の首からぶら下げたそれを確かめる。本当によく似ている。首からぶら下げたぼくの悲しみと、ショーウィンドウのなかの悲しみ。瓜二つと言ってもいいくらいだ。どちらがどちらか見分けがつかない。それの持ち主であるぼくですら。
ぼくは愕然とした。ぼくのそれは、この世にひとつのものだと思っていたからだ。この広い世界中