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竜宮城は 今や昔か 鯛やヒラメの 踊り食い

二〇二三年 五月


はじめに

 この書を手に取っていただいたあなたは、なんと御奇特な方なのでしょう。
どうもありがとうございます。
なんと、シリーズ十七作目ですが、まだまだ続く予定です。

ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。

今回は、トキちゃんという子供が主人公です。
ヘンテコな言葉遣いなど、愛嬌たっぷりのトキちゃんに癒されてください。

また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。

場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。

災難 一

 ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。


災難は思わぬ形で現れる。
そしていつ我が身に降りかかってくるか分かったもんじゃない。

今日の散歩中、何もない所でつまづいて転んだ。
被害を最小限に抑えようと、咄嗟とっさに手を付くが手首に激痛が走り、その拍子に身体が横に転がり、後頭部を地面に打ち付け意識朦朧。

多紀理が側にいてくれたお陰で、すぐに病院へ担ぎ込まれたのだが、これを災難といわずして何を災難というんだ。


結局右手首の骨折と頭部打撲で検査入院することになったのだが、多紀理のドン引きしてしまうほどの狼狽ぶりと、医者や看護師も呆れるほどの献身振りに周囲は驚くばかりだった。
完全看護の病院だから、付添いが泊まることはできないのだが、そこは神、隠形して更に結界を張って、夜もずっと側にいてくれたのは嬉しい限りだ。

幸いにも四人部屋ではあるけれど、私以外に入院している人はなく、少しくらいなら話していても平気だというのは助かった。

入院生活って、数日だけであっても不安になったり退屈になったりする。
だから多紀理の存在は有り難かった。

泊まり込みで何日もだったから、ご両親に怒られないかがちょっと心配ではあるのだが……。

まあ、事情を話せば、母上さまはご理解くださるだろう。
問題は親父さまだけど、拳骨の一発くらいは覚悟した方がいいのだろうな。
それにしても利き手が使えないのは、これほどに不便だったのだろうか?

ずいぶん前に利き手の中指を骨折したことがあり、その時も不便を感じたのは覚えている。
何とか逆の手で食事などができるようになったのだけれど、治るまでは色んな場面で苦労した。

今回の骨折では、毎食食べさせてくれる多紀理の嬉しそうな顔を見てると、これも悪くないかと思えてしまうから不思議だ。
だけど、トイレまでついて来ようとするから、ちょっと引いちゃったけど。

楽しいといえば語弊があるけれど、こんな入院生活を過ごすことになろうとは予想もしてなかったな。
だけど災難は続くらしい、そして思わぬ形で現れる。

災難 二

「あんたが竹本だな?」
「そうだけど、君は誰?」

ここは病室で私はベッドの上、閉まっていたカーテンが突然開けられ、小学生くらいにしか見えない子供が、大人びた言葉遣いで話しかけてきた。

「あんたは色んな神たちと懇意にしているそうじゃない」
「いきなり何?」
「私もその仲間に入れてもらおうと思ってね」

「君も神なの?」
「そうだよ」
「神に見えないね、普通の子供みたいだよ」

「小さい神は他にもいるだろ?」
「そうだね、一寸法師の原型といわれる神が身近にいるよ。我が家にも時々遊びに来る」

「あんたは他の神にもタメ口なのか?」
「えっ? そういえば君だけだね。他は多紀理かな? 多紀理って私の妻ね」
「知ってるよ」

「そうなの? 多紀理の知り合いなんだ」
「知り合いではないがな」
「えっ? それって?」

「何故私にはタメ口なのだ?」
「何でだろうね? 基本的に皆さんには丁寧に話していると思うんだけど、君の第一印象かなあ」

「私はそんなに幼く見えるのか?」
「どう見ても小学生だね」

「そのタメ口を改める気は?」
「今更無理かも?」
「そうか。私にタメ口をきく人間はあんたが初めてだよ。母上やジイジでさえ私には丁寧に話されてたからなあ」

ちょっとした買い出しに出掛けていた多紀理が戻ってきた。
少し緊張しているようだ。

「そこにいるのは誰ですか?」
「多紀理お帰り」
「あなた、大丈夫ですか?」
「何のこと?」
「そこの子供、わたくしの夫に何用です?」

多紀理が身構えている。
例え子供相手でも、多紀理がどうにかできるとは思えないが、私を守ろうとしてくれているのは間違いない。

「不穏なことを考えているようなら、子供だからといって容赦しませんよ」
「多紀理、大丈夫だよ。この子も神なんだって、それでお仲間に加えてほしいんだって」
「神だというのは言われなくても分かります。ですが、この子が纏っているのは負の気で、危険な匂いがします」

「おばさん、そう警戒しなくてもいいよ」
「おばさん?」
「竹本に危害を加えるつもりはない。ただし、あんたたちが私に危害を加えなければだけどね」

「わたくしのことをおばさんといいましたか?」
「おばあさんの方がいい?」
「あなたはわたくしと喧嘩するつもりなのですか?」
「安心しろ。私に危害を加えない限り、あんたも安全だ」

「多紀理、ちょっと落ち着こうか」
「でも……」

ここで揉めるのは得策じゃない。
この子供がどこの誰かも分からないし、どのようなパワーを秘めているのかも分からない。

「いいから、落ち着こう。ところで君、名前は?」
言仁トキヒト

「神だっていってたけれど、ここに入院しているの?」
「いや、あんたを訪ねてきた」

「私を訪ねてわざわざ病院に? どうして?」
「あんたの家には頻繁に神々が出入りしている。ゆっくり話せそうもなかったからね」

「だって仲間になりたいんだろ?」
「まずはあんたと話してからだよ」

「あなたはどうして夫が入院したことを知っているの?」
「今年の一月からずっと見ていたから」

「ストーカーみたいだね」
「何だそれは?」
「特定の人物、今回は私のことだね。その人物の動向を気にしたり、付き纏ったりする行為のことをいうようだね」

説明を受けてニコッと笑った。

「なら私はストーカーだ」
「喜んでいるようだけど、褒められた行為じゃないよ」
「そうなのか?」

「トキちゃんは世間の出来事には疎いのかな?」
「世間など気にしたことはない」
「神といえども人間社会で生きるのなら、少しは気にした方がいいと思うよ。ウチに来られる神様たちも、なんだかんだといっていても、世間の出来事や動向には敏感だよ」
「人間社会で生きるのは面倒なのだな」

神であろうが、人間であろうが、生きていくことが楽になることはないのだろう。
まして情報社会である現代は、目まぐるしく早く社会が動く。
ついていかないとどんどん置いていかれてしまうことになる。
世間の波に同調するのか、それとも抗って生きるのか、究極の選択になるのかもしれない。

「トキちゃんは今までどこにいたのさ?」
「海の中」

「トキちゃんは魚なの?」
「あんたには私が魚に見えているのか?」
「さっきもいったけど、トキちゃんは子供にしか見えないって」

「さっきからいっているトキちゃんて何だ?」
「親しみを込めた君の呼び名、言仁トキヒトのトキちゃん。トキくんの方が良かった?」
「そうか親しみを込めた私の呼び名か。なら私もトキちゃんと呼ぼう」

「自分をトキちゃんと呼ぶのはイタいよ」
「どこも痛くはないぞ」
「言い直すね、自分のことをトキちゃん呼ぶのはちょっと違うかな? そこは私とか、僕とか、俺とかでいいんじゃないかなあ」

「自分の呼び名に親しみを込める必要はないのか?」
「そういう人がいないとはいわないけれど、私は好きじゃないな。というかトキちゃん世間に疎すぎるよ。そんなんじゃ神々とだって話が合わないと思うよ」
「そうなのか? 難しいものだな」
「トキちゃん見てごらんよ、多紀理も唖然としているよ」

少し口を開けて、目を目一杯見開いた多紀理が、トキちゃんを見ている。

「世間の疎さでは、わたくしも相当だと思っていましたが、この子は群を抜いていますね」
「多紀理は随分勉強したから、全然問題ないよ」
「そうありたいと思っています」

「トキちゃんはちょっとヤバいレベルだけどね」
「そうありたいとは思ってないぞ」
「そりゃそうでしょ。で、トキちゃんはどうしたいの?」

「僕も勉強して、野蛮なラベルから抜け出す」
「ヤバいレベルだけどね」

不思議な魅力とかなりの面倒臭さが同居した、世間知らずのトキちゃんは何者なんだろう?
身体に似合わず大きな荷物を抱えているし、話し方も少し変だし。

「ところでさあトキちゃん、その大事に抱えているのって何? 綺麗な布に包んであるみたいだけど」

「これは俺が生きている頃から持っているもので、天叢雲剣あめのむらくものつるぎ、別名、草薙剣くさなぎのつるぎと呼ばれている剣だ」

「レプリカ?」
「それは何だ?」
「本物に似せた作り物ってこと」
「これは本物だ」

草薙剣くさなぎのつるぎって三種の神器だよ? 確か熱田神宮にあるんじゃなかったっけ?」
「向こうがそのレプリコだ」
「レプリカね。それが本物だって証拠はあるの?」

「僕がずっと海の中で抱えていた。そして海に沈んで以来、今回初めて持ち出したんだ」
「それが本物だとすれば、熱田神宮にあるのも、皇居にあるのも偽物ってことになるよね」

「そうレプリコだ」
「レプリカね。それでトキちゃんはその剣をどうしたいと考えているの?」
「俺は長年レプリコを祀ってきた者たちに間違いを認めさせたい。そして僕を海に沈めた者たちに謝らせたい。その協力を私はあんたに頼みたい」

「トキちゃん、私の説明が悪かったのかもしれないけど、自分の呼び名を私か俺か僕か、どれかに統一した方がいいと思うよ」
「そうなのか?」
「その方が話が通じやすいと思うよ。それから、私のことを少し買い被っているみたいだね、私にそんな力はないよ」

「でもあんたは神々に協力しているじゃないか」
「協力とは少し違うかな。話しを聞いたり愚痴を聞かされたり、たまには冗談をいい合ったりしているだけだよ。悪いとは思っているけれど、言いたいことは言わせてもらっているよ。神へのリスペクトはないかもって思う時もあるくらいだから」

「なんだその、リスなんとかっていうのは?」
「リスペクトね、尊敬とか尊重とかって意味だと思うけど」

「僕は尊敬されていないのか?」
「今の話は君のことじゃないけれど、私にとっては君もそうだね」

「僕にはその資格がないというのか?」
「資格じゃなくて、それは双方の信頼関係の上に成り立っていると思っているよ」

「僕との間に信頼関係はないのか?」
「さっきが初対面だよね。そもそも君が何者かも知らないのに、協力するってあり得ないと思わない?」

「名前は伝えたぞ」
「名前だけで君のことが分かると思っているの?」

「分からないのか? 僕はそれほど有名ではないのか?」
「いやいや、どれほど君が有名でも、名前だけ聞いて協力しようとはならないと思うよ」
「そうなのか?」

「どれだけ有名な芸能人でも、どれだけ有名な政治家でも、名前だけで協力しようとはならないよ。でも有名であれば、その人の為人ひととなりを探る手掛かりはたくさんあると思うんだ。それがあれば協力できるかもしれないね。結局自分が納得しないと協力なんてしないと思うけどね」
「じゃあ何が知りたいのだ?」

「まずは君がどこの誰で何をした人か? どうして亡くなったのか? 何故その剣を持っているのか? 間違いを認めさせたい相手は誰なのか? 謝らせたい相手は誰なのか? 他にもあると思うけどまずはこの辺りかな」

「最早何を答えたらいいのかさっぱり分からん」
「聞きたいことが多かった? じゃあまず君がどこの誰で、何をした人か?」

「名は伝えた。皆は僕のことをおかみとか主上しゅじょうと呼んでいた。君と呼ばれることもあった。だからあんたが君といった時、とても懐かしく思った」
「そうなんだ」

「生まれたのは六波羅。生後一月ほどで太子に立てられ、わずか一歳で践祚。都に木曽の暴れ者が襲いくるという報を受けて、兵庫・福原に移り住んだけど、義経らとの戦さの末、六歳で瀬戸内の海に沈んだ」

「君は安徳アントク天皇《テンノウ》なんだね」
「それは僕の名なのか?」

「そうか、君が亡くなってから贈られた諡号しごうなんだね」
「そうか、死んでからの名か。それに意味はあるのか?」

「歴史上、天皇として名が残る。後は名を贈った側の自己満足かな」
「恩恵はその程度か」
「トキちゃんの場合、悲運の天皇として語り継がれているけどね」


  ※安徳天皇。 第八十一代天皇。 高倉天皇の第一皇子。
   母は平徳子タイラノトクシ
   源平合戦の結果、瀬戸内海に沈む。
   歴代の天皇の中で最も短命であり、戦乱で落命した唯一の天皇。
   妻も子もなし (ある方が怖い) 。
   歴史書には二歳ほど上積みされた年齢が書かれているが、これは数え
   年で表記されているため。


「安徳天皇と分かっただけで全てクリアだね」
「そうなのか?」

「どうやらその剣は本物で、間違いを認めさせたい相手は熱田神宮と天皇家? そして謝らせたい相手は平家と源氏の双方?」
「あんたは頭がいいようだ」

「そう思うならちょっと聞いてほしいんだけど」
「聞かせてもらうとしよう」

「何か大層だね。まず熱田神宮と天皇家だけど、その剣は君が海中に沈んだ源平合戦で海に消えたとして、伊勢神宮から新しく献上されたものを正式にその剣の代わりとしてるんだ。剣は代替わりしただけで間違ってないんだよ。だから謝らせるというのは難しいと思うよ」
「そうなのか?」

「今更本物が見つかりましたってなっても、良かったねってなるだけで、ごめんなさいにはならないと思うよ」


天叢雲剣の喪失は各方面に大きな衝撃をあたえた。

『平家物語』では宝剣が未だ見つからないのは、『昔、出雲国いずものくに素戔嗚尊スサノオノミコトに切り殺された八岐大蛇やまたのおろちが安徳天皇となり、天叢雲剣あめのむらくものつるぎを取り返して海底に帰っていった』からだとしている。

『太平記』では『承久の乱以降、皇室が衰えを見せ、代わって武家が台頭してきているのは、天叢雲剣あめのむらくものつるぎが海底にあるからだ』とし、天照大神が伊勢の浜に宝剣を打ち上げさせたとしている。


「平家と源氏については、探せばどちらも末裔が見つかるだろうけど、遥か昔の話だし、直接関係のない末裔の方々に謝ってもらって気が済むの?」
「だから手伝ってほしいといっている」

「そのお手伝い、楽しくなさそうだ」
「それだけのために生きてきたんだ」

「それって君は楽しいの?」
「楽しくはない。楽しいはずがないだろ。だが、報いを受けさせないと気が済まない」
「それが君のやりたいことなんだ。じゃあ誰に報いを受けさせるつもりなの? 君が生きていた頃の人なんてみんな死んじゃっているよ。当のご本人たちは、君と同じように神になって生きていたとしても、どうやって探すの? 祀られている神社とかあるの? あるならそこへ行けばいいんだけど、調べてあるの?」

「それだけのために生きてきたんだ」
「それは決まり文句? それって虚しいね」
「虚しい?」

「だってそうだろ、楽しいことや嬉しいことには見向きもしないで、ひたすら過去の出来事に拘って復讐だけを夢見ている」
「それは虚しいことなのか?」

「過去に拘っても未来は開けないよ」
「未来に希望はあるのか?」

「実は希望とか未来とかはよく分からないんだ。でも同じ場所で足踏みしているよりは、一歩でも先に進む方が良い結果が出るような気がするよ。もちろん確証はないよ、悪い結果が出るかもしれない。最悪の結果が待っているかもしれない、それでも先へ進みたいと私は思っているんだ」
「簡単にいうんだな」

「神と違って人の一生なんて決断と諦めの繰り返しなんだよ、一々拘っていたら、一生なんてすぐに終わってしまう」


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