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お正月には 神も仏も さすがに皆さん 忙しそう

二千二十三年 一月


はじめに

 この書を手に取っていただいたあなたは、なんと御奇特な方なのでしょう。
 どうもありがとうございます。
 なんと、シリーズ十三作目ですが、まだまだ続く予定です。

 ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
 殺人などの物騒な事件も起こりません。
 詐欺などのややこしい事件も起こりません。
 そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。

 今回は、毘沙門天さんの中でも兜跋毘沙門天の話です。
 大国さんと大黒さんの鉢合わせもあります。
 飛び入りですが、ゲストの方も登場します。
 楽しみですね。

 また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
 神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。

 場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

 また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
 会話が主です。
 読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
 神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

 それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
 そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。


大国さんと大黒さん

 ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
 どうか鵜呑みにされませんように。


 新しい年が明けた。
 今年はどんな年になるのだろう?
 年末に少し体調を崩したせいか新しい年が余計に新鮮に感じる。
 きっと年齢を重ねてきたせいなんだろうな。

 多紀理は相変わらず好き好きオーラ全開で、年末の体調不良の時には、この世にこれ以上不幸なことはないというほどの狼狽ぶりだった。
 その多紀理の姿を見た時、生きていることもそれほど悪くはないのかもしれないと思ったものです。
 では始めましょう。

 さすがにお正月は、神様も仏様も皆さん忙しいらしく、年末年始は多紀理を除き、訪れて来られる神はいらっしゃらなかった。
 このまま静かになるのかと思っていたら、松の内が明けた途端、ゾロゾロと皆さんが、ご挨拶がてら正月の忙しさで溜まった愚痴をこぼしに来られるようになった。

 中には貴重な鉢合わせもあった。
 何とダイコク様が二神揃ったのだ。
 先に来られたのは大国主命。
 少々お疲れのご様子だが、ここで愚痴をこぼして元気になって戻っていただきたいものだ。

「竹本、元気だったか? 今年もよろしくな」
「大国主さん、新年おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
「なあちょっと聞いてくれるか? 実はさあ……」

 ここから始まり、お正月の間の出来事や愚痴を一通りお話になり、スッキリしたお顔で笑い声なども響き始めた頃、

「ごめんなさいよ。こちらが竹本さんて人間様のお宅かい?」
「これは大黒様、新年おめでとうございます。よくぞお越しいただきました。どうぞお上がりください。珍しい方もお見えなんですよ」
「それじゃあお邪魔しますよ。前に話してたお茶も持参したから、ゆっくり話しを聞いてもらうよ」
「それは楽しみです。お茶もお話も」

 大黒様が居間に足を踏み入れた瞬間、空気が冷えた。

「あんたが大黒天かい?」
「オメエさんが大国主さんかえ?」
「ご紹介の必要はなさそうですね。多紀理、大黒様がお土産にチャイをお持ちくださいましたよ。皆さんに淹れて差し上げて」
「大黒様、おめでとうございます。どうぞごゆっくりなさってくださいね」
「娘さんも元気そうじゃ。今日はたんまり人間様に話を聞いてもらおうと思ってな」
「うちの旦那様はとっても聞き上手ですから、たっぷり吐き出してスッキリしてお帰りくださいね」

「お姉様もずいぶん言われるようになりましたなあ」
「大国主、そのお姉様と呼ぶのはお止めなさい。これからは姉様あねさまと呼びなさい」
「姉様ですか? ずいぶん年が離れていますよ?」

「あなた出入り禁止にしますよ」
「竹本、なんとか言ってくれよ」
「すみません。でもほとんど我が儘なんか言いませんから、多紀理の思うようにしてあげてください」
「お前が言うなら仕方ないなあ。これでいいですか姉様?」

「相変わらず仲のいいことだ」
「本当にそうだよな。俺も妻は何人かいるけど、これほど甲斐甲斐しく支えてくれる妻はいないもんな。竹本が羨ましいよ」
「同感だねえ」

「ところで大黒、色々迷惑かけてないかい?」
「迷惑ってことは特段ねえなあ。最初の頃には、わちきと余りにも違う外型にちょっと戸惑ったくらいかね」
「それは良かった。神仏習合で出来上がったイメージは、分離しても元に戻らなかったから、迷惑してるんじゃないかと気にしてたんだ」
「そりゃお互い様じゃねえのか? そっちだってずいぶん迷惑したんだろ?」
「まあそれなりにはあったけど何てことはないよ。これからもよろしく頼むわ」

「おう、お役目とあっちゃ仕方ねえもんなあ」
「そんなこと言うなよ」
「冗談だよ。お前さんとどうこうしようとは思っちゃいねえよ。それにしんどくなっても竹本って人間様が何とかしてくれらあ」

「皆さん、チャイができましたよ」
「何だいこれは?」
「大黒様の生まれ故郷でポピュラーなお茶なんですって。美味しいですよ」

「これは旨いな。甘いのが疲れた体に心地いいなあ。それにピリッとした感じもいいよ。小さい頃からこんな旨いのを飲んできたのかよ。羨ましいな。日本で言えば醍醐だいごみたいなもんか?」
「醍醐がよく分かりません。多紀理は分かりますか?」
「醍醐は分かりますよ。でもローカルではどうか分かりませんが、私が知る限りチャイのような飲み物は我が国には見当たらないと思いますよ」

※醍醐とは、牛乳を加工し、濃厚な味わいとほのかな甘味を持った液汁とさ
 れるが、製法は不明で再現は不可能らしい。
 バターのようなもの、又はカルピスや飲むヨーグルトなどの乳酸菌飲料の
 ようなもの、又はレアチーズを熟成させたものなどと言われているがよく
 分からないようだ。

 和やかなうちに大国主と大黒天の初顔合わせが無事に終わった。
 また、休みがないのはお互い様だと言いながらも、大黒天の元へ、大国主が一度訪れることを約束されたようでした。


東寺

 そんなこんなで落ち着いたのが二十日過ぎ。
 今日は先月から始めた七福神巡りの第二弾を始めよう。
 天気は悪くない。
 今日はできれば二つ回ろうか。

 先月は北の外れで、今日は南の外れでスタートだ。

 まずは東寺とうじ
 真言宗総本山・教王護国寺きょうおうごこくじという二つの名を持つ。

 名が二つあることは異例のことなのだが、東寺は創建時からの名称であり、南大門前の石柱には『真言宗総本山 東寺』とある。しかし、東寺東面の北側には『教王護国寺』の石柱が立つ。
 また、いくつかの門に提灯が掲げられているのだが、それには『東寺』と書かれている。
 平安時代の公式文書などにも『東寺』と書かれているから、通称などではないことが知れる。

 公式文書に『教王護国寺』の名が初めて使われたのは、創建から約四百五十年ほどが過ぎてからである。
 宗教法人的には『教王護国寺』として登録されているが、寺側は『東寺』を日常使用している。
 その結果、二つの名が並び立つという現象が起こっている。

 正式名は『金光明四天王教王護国寺秘密伝法院』と『弥勒八幡山総持普賢院』で、こちらも二つの名を持つ、不思議な寺である。

 元々は羅城門を挟んで東西に建立された寺の片方であるが、西寺さいじは度重なる火災で、最後に残っていた五重塔が消失して消滅。
 現在は遺構のみが残る。

 そして、東寺は唯一現存する平安京の遺構となる。
 さらに、弘法大師 (空海) に託された日本初の真言密教の根本道場でもある。

 近鉄京都線の東寺駅で降りて、西へ歩くこと約十分、大宮通まで来ると五重塔が大きく見える。
 因みに京都駅八条口からでも徒歩十五分くらいで行けるようだ。

「東寺は広い敷地の中に見所満載だから、一日では終わらないかもしれないね」
「そうなのですか? そんなに広いなら少し急ぎますか?」
「急ぐ必要はないんじゃない、ゆっくり参詣しようよ」
「そうですね。一日で終わらなければ、また来ればいいのですものね」
「そうだよ。東寺は逃げないし、テーマパークのようにアトラクションが変わることもないから」

「ここは昔からずっと栄えていたのですか?」
「そんなことはないみたいだよ。平安時代の終わり頃には衰退していて、鎌倉時代になってから、文覚上人もんがくしょうにんや後白河法皇の皇女・宣陽門院せんようもんいんなどが動き出すことで、徐々に復活していったそうだよ。特に宣陽門院は夢のお告げに従い、広大な荘園を寄進したというからスゴいよね」
「こんなに立派な建物群がありますし、真言密教の聖地なのでしょ? それでも廃れることがあるのですね」

「少し違うかもしれないけれど、神道も昔と比べると廃れていると思うんだ。一時的かどうかは何とも言えないけれど、そうなってしまうことは仕方がないのかな」
「神道も復活することがあるでしょうか」
「多紀理と知り合う前の話だけど、そういうことを月様や、貴船の龍神や瀬織津姫たちとやろうとしているんだよ」
「そんな取り組みがあるのですね。また詳しく聞かせてください」
「そうしよう。その時感じたんだけど、現在の神道の在り方に危惧を抱いている神様は、意外と多いんだなって。もっと多くの協力者を得て、今度は神様が主体になって復権を目指すそうだから、私も微力ながらお手伝いしようかと思っているんだ」
「わたくしもお仲間に入れてください」
「歓迎されると思うよ。近いうちに紹介するから、一緒に頑張ろうね」
「はい、よろしくお願いいたします」

 あの話しも進めないとな。
 現状どんな感じなのか、近々報告会でもするか。

「先程から気になっているのですけれど、あの五重塔は立派ですね」
「そうでしょ。木造建築物の塔としては日本一高いらしいよ」
「フォルムがとっても美しいです。わたくしは近くで見るより、少し離れて見る方が好きです」
「私もそう思う。近くで見上げるように勇壮な建築物を見るのもいいんだけど、少し離れてシルエット的に見るのがいいんだよね。だから夕暮れに見るのが私は好きだな」
「夕暮れまでここにいて、シルエットの五重塔も見たいですね」

「そう言えば、あの五重塔を造るために伏見の稲荷山から樹を伐り出したんだけど、当時の天皇の具合が急に悪くなったんだって」
「そんなことがあったのですね」
「調べてみると、勝手に樹を伐り出したことで、稲荷神が祟っているということになって、稲荷神を東寺の守護神としたんだって」
「意外な繋がりですね」
「でもそれ以来の繋がりが保たれていて、今でも伏見稲荷大社のお祭りに、東寺の僧侶が深く関わっていたりするんだよ」

「神社も寺院も複雑に絡み合っていて、よく分かりませんね」
「本当にそうだね。あの五重塔は、過去に四度、火事や落雷で焼失していて、実は五代目なんだけど、それでも四百年近く前のものだよ」

「そんなに何度も消失しているのに、この姿が見られるということは、色々と奔走された方がいらっしゃるのでしょうね」
「そうだろうね、でも西寺の復活はなかったからなあ。羅城門もだけど」

「中を見ることは出来ないのですか?」
「原則春と秋の特別公開以外は非公開らしいんだけど、五重の塔の内部がまたスゴいんだ。何か想像できる?」
「すごいんですよね? じゃあ、柱が一本もないとか? 入り口から入ると普通なんだけど、出口から入ると別の世界へ行けるとか? 入ったら二度と帰ってこられないとか?」
「発想は滅茶苦茶面白いね。そのままどこかのテーマパークで使えそうだけど、すべて✕」

「もっと奇抜な感じですか?」
「逆だよ。いや逆でもないか。実は極彩色の密教空間が広がっているんだ」
「密教空間が分かりません」
「そうだよね、馴染みがないよね。説明しようか? それとも特別公開まで待つ?」
「説明してください」

「まず柱なんだけど、一本もないのじゃなくて、ズボンと上から下まで貫いている柱があるんだ。これを心柱というんだけど、この心柱を真言密教の中心仏である大日如来と見做しているんだ」
「柱が仏?」
「神社境内の樹齢何百年かの樹をご神木というだろ? それと似たような感じだよ。少し違うかな?」

「それが密教空間なんですか? ということは、神社にも密教空間があると?」
「そうじゃなくて、そのご神木の周りを十二の仏が囲んでいたりするんだ。そしてご神木の代わりが心柱なんだね」
「では心柱に仏様が宿ってらっしゃると?」
「あくまで見做しているということだから、そうじゃないと思うよ」

「真ん中に仏様じゃなくて、見做し柱があるのってやっぱり変です。神道の世界では考えられません。例えば、剣や鏡であっても、そこには神が宿っています。何でもない剣を神と思って崇めてくださいということは、わたくしの知る限りありませんから」
「私の言い方が悪かったのかもしれない。勘違いさせてしまってごめんね」
「分かるように説明してください」

「多紀理が言うように、心柱が見做し柱なら他の仏様がそこにいらっしゃる意味はないよね。それに、心柱が崩れると、五重塔が崩壊してしまうのだから、やっぱり仏様がいらっしゃると解釈すべきだよね」
「その仏様方の配置が密教空間なの?」

「ある意味そう。心柱を中心に、四体の如来様が、その周りをさらに八体の菩薩様が囲んでいるんだ。そして四方の柱には金剛界曼荼羅が描かれているんだよ。これもある意味立体曼荼羅なんじゃないのかな、そして密教空間を表しているということなんだろうね」

 因みに如来様と菩薩様は、次の通りです。

  東 面……阿閦如来、弥勒菩薩、金剛蔵菩薩
  西 面……宝生如来、除蓋障菩薩、虚空蔵菩薩
  南 面……阿弥陀如来、文殊菩薩、観音菩薩
  北 面……不空成就如来、普賢菩薩、地蔵菩薩


空海さん

「次は御影堂だよ」
「御影堂とは?」
「この東寺を開いた空海さんが、実際に住んでおられた場所だよ」

「空海さんのことは先日テレビで見たのですが、洞窟で修業されて波に攫われそうになられたり、海の向こうへお勉強に行かれて短い期間でマスターしてしまわれたり、日本中を旅して回られたり、この東寺も高野山も先頭に立って造られたりと、かなり充実した一生だったのでしょうね」
「日本中のあちこちに空海さんが関与したと思われる寺があるよ。でも、充実していたからこそ、苦労も多かったんじゃないかなあ。もちろん喜びもだけどね」
「空海さんにお会いできるのでしたら、その辺りのことも聞いてみたいですね」

「多紀理がインタビュアーになるの?」
「一度はやってみたいですね。最後は『現場からは以上です』とか言ったりして」
「どこの放送局と繋がっているんだよ」

 御影堂は、後堂うしろどう前堂まえどう中門ちゅうもんの三つの建物からなる、入母屋造、檜皮葺の仏堂である。

「後堂には秘仏で非公開の不動明王座像があるんだけど、彼が空海さんの側にいて、ずっと身を護ってくれているんだって。因みに不動明王としては日本最古かもしれないと言われているんだ。そして前堂には弘法大師座像が安置されている」


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