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冬は寒くて 夏は暑くて なのに人気の 京の四季

二千二十二年 十二月


はじめに


この書を手に取っていただいたあなたは、なんと御奇特な方なのでしょう。
どうもありがとうございます。
なんと、シリーズ十二作目ですが、まだまだ続く予定です。

ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。

今回は、大黒天さんのお話しです。
元々インドの神様が、海を渡ってわざわざ日本までやって来られたのか、興味ありませんか?
後半はよく分からない、福禄寿さんがお目見えします。
楽しみですね。

また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。

場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。


七福神巡りをしようか

ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。

師走の声を聞き、急に寒さが増したように感じるが、ビッグネームの両親公認の間柄になった私たちには寒さも気にならない。
何てのは嘘だ。
寒い時は寒いし暑い時は暑い。
それが人間だよね。

幸いなことに多紀理毘売は神だけあって暑さ寒さに無頓着だ。
冬になっても薄着で過ごすから『風邪を引きますよ』と言ったら『風邪がどんなものかわからない』と答えが返ってきた。
どうやら病気にも無頓着らしい。羨ましい。

「この前の天神さんはどうだった? 楽しかった?」
「天神さんでなくても、あなたと一緒なら楽しいですわ」
愛情あふれる言葉が私に投げられる度に思わず頬が緩む。
「それなら家でゴロゴロしていても同じだね」
「それはそれで楽しいですけれど、お散歩もとっても楽しかったですよ」
「そうですか? じゃあ次は七福神巡りなんてどうだろ?」
「一度に七つの神社を巡るのですか?」
「それは忙し過ぎるでしょう。この間の天神さんでも結構時間が掛かったからね。だから七つはちょっと無理じゃないかなあ」
「陰形とかが無理なのなら、朝早くから夜遅くまで、それでも無理ですか?」
「そんなに慌てて回ることに意味はないよ」
「そうなのですね」
「七つ巡るのはその通りだけど、神社だったり寺院だったりするんだ。それに一度に巡るなんてことはしないよ。追々少しずつ話そうか」
「はい。でもわたくしはあなたとご一緒なら、それでいいの。だから、あなたの負担になるのなら無理はしないでくださいね」
「ありがとう。私は多紀理と一緒に出掛けられるのが嬉しいんだ。だから無理はしていませんよ」


松ヶ崎大黒天

数日後、事前に情報を少し仕入れて、最初の目的地の大黒天が祀られている妙円寺みょうえんじ (松ケ崎大黒天) を目指す。

大黒天については以前に大国主さんと話した時に説明を受けた。
その話を多紀理に話しながらバスに揺られる。

「大国主命は、誤解があることを嘆き苦しんでおられたんだ。そしてこう仰られた。『大黒天はそもそもヒンドゥー教・インド密教の神で、仏教を通じて日本に伝わった訳じゃん。だから仏の仲間なんだよ。インドではシヴァっていう破壊と再生を司る神が、破壊を行うときにマハーカーラになるっていうぞ。マハーは大きい、カーラは黒いってことらしく、中国を経て日本に入ってきた時は既に大黒ダイコクになってたんだとよ。でもなあ俺は破壊は好まない。国造りで有名な神なんだぜ。音読みすれば一緒ってだけで破壊神とは一緒にされたくねえんだよ』と。人間の勝手な都合で、神仏習合や廃仏毀釈、神仏分離などをやってきてしまった結果、ずっと悩んだり苦しんでいる神や仏がいらっしゃることを肝に命じなければならないと思わされたお話しだったんだ」
「そうなのですね。わたくしは神以外の存在になったこともありませんし、神仏習合や廃仏毀釈の影響も受けておりませんので想像は難しいですが、苦しんだり悩んだりしておられるとすれば悲しいことですね」
「そうだね。私は人間の一人としてこれからも考えていこうと思っているんだ」
「それはいいことだと思いますよ」
「さて、それではそもそも七福神とはなにかという話をしようか」


七福神とは、七つの災いを退けてくれて七つの福を授けてくれるという仏典中の七難即滅七福即生しちなんそくめつしちふくそくしょうが由来で、大黒天ダイコクテン恵比寿天エビステン毘沙門天ビシャモンテン弁財天ベンザイテン布袋尊ホテイソン寿老人ジュロウジン福禄寿フクロクジュの七人の神様を指します。

「七難はね経典によって違うみたいなんだけど、仁王教にんのうきょうによる七難とは、日月失度難 (太陽や月の異変) ・星宿失度難 (星の運行の異変) ・災火難 (火災) ・雨水難 (水害) ・悪風難 (風害) ・亢陽難 (ひでり) ・悪賊離 (賊の侵略) をいい、七福は、寿命・律儀・愛嬌・人望・度量・威光・有福をいうんだって」

「七難は割と具体的ですのに、七福は抽象的でよく分かりませんね」
「そうだよね、それぞれ○○であれば、それが即ち福ということなのかなあ」
「寿命が長ければ、律儀であれば、愛嬌があれば、人望があれば、度量があれば、威光があれば、有福であればということですか?」
「そうだろうね」

「福を得るにはどれか一つでいいのでしょうか? それとも全てを持たないと得られないのでしょうか?」
「一つであって欲しいよね。切に願うよ」
「一つでよければ、わたくしの寿命は福の権利対象になりますよね」
「それはズルいでしょ。無限のものを対象に含めれば、絶対勝てないよ」
「では、わたくしは福を得られないのですか?」

「多紀理は神でしょ、福を授ける側なんだから、欲張らないの」
「はーい」
「ちょっと待って、解釈が変わっちゃったよ」
「どういうことですか?」
「例えばさっきの寿命だと、長寿が即ち福だということになると思うんだ」
「長寿であれば福が得られるのじゃなくて、長寿であることが福であるということですか?」
「そういうことだね」

「じゃあ、神は皆さん幸せだってことになりません?」
「神様は対象外だって」
「どうしてですか? わたくしだって幸せになりたいです」
「多紀理は幸せじゃないんだ、知らなかったなあ」
「残念ですけれど、今とっても幸せなのですよね」
「じゃあいいじゃない、欲張るとロクなことにならないよ」
「でも腑に落ちないです」
「どうして?」
「だって、長寿の方が皆さん幸せなのですか? 裕福な方が皆さん幸せなのですか?」
「ないよりはあった方がいいってことじゃないのかな」
「幸せって難しいものなのですね」
「考える機会を得られたことが幸せなんだと思うよ」


昔は一部神が変わってる場合もあったようで、鍾馗ショウキ猩々ショウジョウ吉祥天女キッショウテンニョ天鈿女命アメノウズメノミコトなどの方々が入っていたこともあるようですが、江戸時代中期には現在の形に落ち着いたといわれています。

「あまり広まることはなかったみたいだけど、日本の神だけの七福神もあったみたいなんだ」
「そんな七福神もあったのですね」
「それによると大己貴尊オオナムチノミコト、これは大国主さんだよね、次は事代主命コトシロヌシノミコト、これは大国主さんの息子さん、そして厳島大明神イツクシマダイミョウジン、これは多紀理たち三姉妹だろ?」
「わたくしたち姉妹も入っていたのですね、全然知りませんでした」
「知らなかったんだ」

「オファーはありませんでしたよ。きっと皆さんの許可を得ずに考えたのでしょうね。だから広まらなかったのじゃないでしょうか」
「なるほど、もう意味はないかもしれないけれど、一応最後まで言わせてね。続いては天穂日命アメノホヒノミコト、この方はよく知らないけれど、多紀理たちと同じ時に生まれた、五男の中の一神だよね。高良大明神コウラダイミョウジンは住吉三神の一神で底筒男神ソコツツノヲノカミだし、鹿島大明神カシマダイミョウジンは大国主の国譲りで活躍した建御雷神タケミカヅチノカミ、そして猿田彦大神サルタヒコオオカミは天孫降臨の時に、瓊瓊杵尊ニニギノミコトを筑紫の日向の高千穗の槵触峯くしふるたけまで案内した神様。この七神だったみたい」
「ずらりと有名どころを集めた感じですね」
「どなたも古事記や日本書紀に登場するような錚々そうそうたるメンバーだけど、七福神自体が日本独自の信仰なのに広まらなかったのは残念だね」

「残念ですけれど、これで良かったと思いますよ」
「どうして?」
「もし広まっていたら、こんなにのんびりできなかったでしょうし、あなたとも出会わなかったかもしれないじゃないですか」

「それは広めようとしていた人に失礼だよ」
「だって、あなたと一緒にいたいのですもの」
頬が緩みっぱなしだ。
話題を変えよっと。


「七福神巡りって京都が発祥なんだって」
「そうなのですか? いつ頃からでしょう?」

「元々は平安時代の毘沙門信仰からなんだけど、それから大黒天や恵比寿天が増え、七福神になったのは室町時代といわれているよ」
「わたくしからすると、結構新しいのですね」
「多紀理の年齢と比較しちゃダメだよ」

「それはわたくしに失礼じゃないですか?」
「そんなつもりじゃなかったけど、ごめんね」
「事実ですからいいんですけどね」

「じゃあ、話を続けるね。全国に広まったのは江戸時代になってからで、今では二百から三百種類ほどの七福神巡りがあると言われているんだって」
「そんなにあるのですか?」
「そうみたい、その中でもこれから行く大黒さんを含めた『都七福神めぐり』は、日本最古の七福神巡りと言われているんだよ」

『都七福神めぐり』では参拝順はないようですが、それぞれの七福神巡りの中には、参拝順が決められている場合もあるようです。
お近くの七福神など参拝される場合は要チェックですね。

七福神は神と名が付いていますが、仏典に定められた事柄に基づいており、祀られている場所も神社だったり寺院だったりします。
さらに神もインド (大黒天・毘沙門天・弁財天) 、中国 (布袋尊・寿老人・福禄寿) 、日本 (恵比寿天) と、良くいえばアジアのオールスター、悪くいえば一貫性がなくバラバラな様相です。
しかも日本の神が一番少ない。何故なんでしょうね?

ご利益は、七福神が宝船に乗った絵を正月に枕の下に入れて寝ると幸運が訪れるといわれていますが、ずいぶん抽象的な御利益だと思いません?

ではいつがいいのか?
元旦の夜がいいとか、二日の夜がいいとか、三日の夜という話まであります。
どれが正解なんでしょうね?
親からだと思うけれど、聞いた覚えがあるのは、元旦の夜に枕の下だったと思うのですけれど……。

ところで、七福神の絵を枕の下に入れて寝ると幸運が訪れるの『幸運』って何だと思いますか?

神様が授けてくださるのですから、個人こじん別々のものなのでしょうか、それとも余りにも数が多いでしょうから、画一的なものなのでしょうか。

ひょっとすると、枕の下の絵の価値で等級が決まっていて、それに見合う福が与えられるとか。
だとすれば、一等はこれ、二等はこれって決めてくれた方がすっきりするのになと思ってしまうのは私だけでしょうか?

福という言葉はすごくいい感じなのに、実際はすごく曖昧な感じですよね。

今から行く大黒天単体では、五穀豊穣・子孫繁栄・開運出世・商売繁盛のご利益があります。

大国主命から聞いた以外の大黒天もご紹介しておきましょう。

大黒天はインドでは『摩訶迦羅マカカラ』とも呼ばれ『死を司る神、軍神』として信仰を集めています。
つまり死神です。

また大自在天ダイジザイテンの化身とも呼ばれ、軍神・戦闘神・富貴神・食堂の神とされていますが、風貌は軍神らしく青黒く憤怒の様相をしています。

因みに大自在天は名称が似ているため、大聖歓喜自在天ダイショウカンギジザイテン他化自在天タケジザイテンとよく混同され、リンガ (男根) 信仰と結び付くようです。

室町期になって大国主命と習合し、憤怒の様相から微笑へと変わっていきます。
更に江戸期には米俵も現れ福々しい姿となるんです。
もし大国主と習合していなければ、今のような福々しい大黒天は存在しなかったでしょう。
財運の神の一面はありますが、基本的に戦神いくさがみであり、憤怒の形相をしていますから、七福神にも選ばれなかったかもしれません。
そうすると、七福神のイメージも変わったかもしれませんね。

大黒天と恵比寿天はそれぞれ七福神ですが、大黒天が農業神、恵比寿天が漁業神であり、商売の神としても信仰されることから、二人一組で信仰されることが多いようです。

「都七福神ではどの順序で巡ってもいいんだそうだよ」

最寄りのバス停で下車して徒歩約五分。
ここまで来れば比叡山が大きく見えます。

目的地の妙円寺は夏の五山の送り火の「妙法」を背後に従えるように松ケ崎山の麓にあります。

住宅街に突然現れた、大黒天の扁額を掲げる鳥居 (多分これが一の鳥居だろう) を潜りしばらく歩いていくと、松ケ崎大黒天と白雲稲荷神社の分かれ道に着きます。

真っ直ぐ石段を登ると白雲稲荷、左の坂を登ると大黒天。
後で気付くのですが、恐らく同じ敷地内の寺院と神社であり、上でも道が繋がっていました。

「こっちの坂を上って行くと、大黒天さんの所へ行けるようだよ」
「お隣の神社は静かですね。お留守なのかしら?」
「そんなことがあるんだ」
「だって、お留守にしなければ、わたくしは今でも玄界灘ですよ」
「確かにその通りだね」

「ですから、神様や仏様のどなたかがあなたを訪ねて来られている時は、その神社や寺院はお留守になっているんです」
「なるほど、便利なような不便なような。でも時々だけど、月様は問題が起きたとかで、突然姿を消して、またすぐに戻ってくることがあるよ」
「参拝に訪れた方々の声は、お社にいなくても聞こえていますから、そこから汲み取れることも多いと思うんです。だからじゃありませんか?」

「多紀理もそうなの?」
「わたくしはあなたの妻ではありますけれど、元々神なのですよ」
「ずっと神だと思ってるよ」
「ですから、参拝者の切実な声を聴いたりしますと心配になることもありますよ。そのうち、月読のおじ様のように突然姿を消すことがあるかもしれませんね」
「驚くだろうなあ。でもそれが仕事なんだからやるしかないよね」
「おじ様で慣れていらっしゃるとはいえ、ご理解いただけて感謝しますわ」


チャイの本場と大黒天

参道途中にある大黒殿には抜魂された大黒様が大小様々に大勢が祀られています。
一番大きな大黒様は濃い茶色というか、飴色というか、艶々と光り、ふくよかなお顔で参拝者をお迎えされているようにも見えます。


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