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立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は 百合の花

二千二十二年 二月


はじめに

この書は完成品の一部抜粋です。

また、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。

また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。
場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。

はじまり

ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。

私は現在六十二歳。今年の三月末で定年退職の予定で、有給休暇の有休消化中であり、暇を持て余している状態だ。
住居は賃貸で独り暮らし。
結婚し子供もいるが、私の度重なる不手際で、妻に愛想をつかされ離婚に至る。
不手際については、詳しいことを聞かないでほしいが、俗に言う熟年離婚ではない。

当初は職場が遠いこともあり、会社の近くにアパートを借り二重生活をしていた。
そして何年も別居状態が続き、とうとう離婚となった訳だ。
私は離婚には反対だったが、自分が蒔いた種なので致し方ないと諦めた。
未練とは思うが、私自身は妻を嫌いになったわけではないので、というかまだ好きだと言ってもいいと思う。
だから、離婚時の約束で、年に数回妻と食事をしている。
妻は不満かもしれないが……。

しかし、最近はまた少し疎遠になっている気がする。
妻に彼氏ができたという話もチラホラ。
そろそろ妻のことも元妻に変えなきゃなあなんて思うこの頃だが、そんな話はいいだろう。
先へ進もう。

人生百年時代といわれ、老後資金には二千万円ものお金が必要だという。
そんな貯蓄がある訳もなく、一桁少ない程度の貯蓄でどうやって今後を過ごそうかと思い悩む日々である。
今後の生活が汲々とするのは自明の理で、少しでも稼ごうと仕事を探してみるが、これまた六十歳過ぎには厳しい状態だ。
新しい出会いを求めてみても、地位も名誉もお金もない、六十歳過ぎのおっさんを相手にしてもらえるとは思えない。

ところで、ホントに二千万円必要なのか?
どんな計算で成り立っているのだ?
実はもっとたくさん必要かもしれないじゃないか。
いや、ホントはもっと少なくていいのにわざと金額大きくしているとか?
卑屈になっている訳ではないが、それは事実であり、先行きの暗さに暗澹たる思いだ。

ここまでは、まあそんなに珍しくない、多分世間にはままある話だ。
うーん、そうであってほしいと切に願う。

しかし、転機は突然にやってくる。

出会い

この物語は、ある日、買い物に出掛けた近所のスーパーマーケットで、見知らぬ方から声を掛けられたところから始まる。

三十歳代中頃というところか、派手でも地味でもなく、おとなしめの容姿をした、私にとっては十分若い部類に入る女性が話しかけてきた。
しかも唐突に。
「こんにちは、寒いですね。度々こちらでお目にかかっていますが、お買い物ですか?」
二月だから寒いのは当たり前だろ?
それに度々お目にかかっていたのだろうか?
私の記憶では一度もお目にかかっていないようだが……。
目を引く顔立ちの女性だから、一度でも見ていたら忘れないと思うのだけれどなあ。
それからスーパーマーケットに来ていて、さらに買い物カゴも持っている状態で、『お買い物ですか?』もないものだと思いながらも、
「はい、そうです。あなたも?」
なんて答えてしまった。どうかしている。
「はい、夕食の買い出しに」
「そうですか。ちなみに今夜は何にされるつもりなのでしょう?」
「独り暮らしなので何でも良いのですけど、たまにはキチンと料理して見ようかと思いまして」

独り暮らし?
そんな個人情報を見ず知らずの私に話して良いのか?
それに、独り暮らしの女性が私に何の用だ。
新手の勧誘か?
訝しすぎないか?
と思いながらも、
「で、何を作られるご予定ですかな?」
と重ねて聞いてしまった。
「月並みですけどカレーを。好きなのですよね。えーと、あなたもカレーはお好きですか?」

これはいよいよ怪しいぞ、それにカレーはキチンとした料理に入るのだろうか?
いくつものカレー専門店があるくらいだから、ちゃんとした料理と言えるのだろうが、どうも私にとってカレーは、家庭料理に思えてならない。
外で食べた記憶など有るか無いか程度だからかもしれないけれど。

しかし、若い女性と話すのは何故こうも楽しいのだろうか。
「あっ、私は竹本といいます。カレーは好物ですよ。自分でも時々作ります」
「私はミクといいます。でもカレーを一人分作るのって、結構難しくないですか?」
「私は、鍋一杯作ります。独り暮らしなので、結局、数日カレーを食べる羽目になりますがね」
何の話をしているのだ?
いったい何の魂胆があるというのだ?
社交辞令の範囲はそろそろ超えてしまうぞ。
疑心暗鬼で頭がいっぱいだ。
しかし、やっぱり楽しいから仕方ない。
自分のことながら、おっさんはこれだから困る。

「え? お一人住まいなのですか?」
ヤバい、個人情報だ。
これ以上は漏らさないようにしないとな。
お主なかなか抜け目がないな。
だがやっぱり魂胆が見えない。

「あなたと同じですよ」
「じゃあご一緒しません? それとも今夜の献立はもう決まっていますか?」
この娘は何を言っている?
この段階で社交辞令の範囲を超越だ。
ますます怪しくないか?

「ご一緒って、あなたと? 夕飯を?」
「そう言ったつもりですけれど」
「初めてお目にかかったようなものなのに、親子ほど歳の離れている私と? 下手すれば祖父と孫に見える私と?」

スーパーマーケットの店内で立ち話をしていると、他のお客さんに迷惑が掛かりそうなのだが、この時間帯は比較的お客さんが少ないのか、邪魔にはなっていないようだ。

「ご迷惑ですか? ご迷惑なのですね。そうですよね。すみません」
そんな潤んだ瞳で見つめられると……断れない。
「いや、迷惑ということでは……。でもなぜ私なんかと?」
いや、ここは迷惑って言え。
「いいじゃないですか。『袖すり合うも他生の縁』と言うじゃないですか」
「それは少し違います。正しくは『袖振り合うも多生の縁』です」
「何が違うのかよく分かりません」
「こんなところでなんですが、意味はご存じですか?」
「すれ違う方々にも少々の縁があるということでは?」
「概ね正解ですが、本来は仏教に由来する言葉で、『道を歩いている時に、袖を触れ合う程度のちょっとした出会いでも、偶然ではなく前世からの深い縁で起こる』ということです。茶道の『一期一会いちごいちえ』も同様の意味でしょう」

『縁がある』とか『縁がない』など時折耳にすることがありますが、物事の因縁は前世からの続きとして、すべて決まっていることを意味します。
また、仏教の輪廻転生の思想に照らし合わせると『他生の縁』ではなく『多生の縁』が正解なのですが、今では何故か『他生』の方が多く使われており、どちらも正解にしてしまったようです。

ついつい知っている話を、ひけらかしてしまったが、私は少し調子に乗っているのだろうか、マズいなぁ。
「よくご存知ですね。一つ勉強になりました」
「恐れ入ります。それで、あなたのような若い方と前世からの因縁はなさそうだが」
「前世の因縁なんて、分からないと思いません?」
「まあ、はっきりとこれはそうだということはないかもしれないが、ほんとに私と夕食を共にされるつもりですか?」
「ええ、私の部屋でどうですか?」

ハッ?
独り暮らしの女性の部屋?
興味はあるが、中年の男性を巻き込んじゃいかんよ。
興味はあるが……。
「いや、それはいけない。独り暮らしの女性の部屋に押しかけることはできない」
「では、どうします?」
いかん。完全に術中にハマっているような気がする。
だが、ここまできたら先に進んでみたいような気もする。
どうする?
飛び込んでみるか?
えーい、南無三。

「私の家でも良ければミクさんをお招きしましょうか。調理器具もだいたいは揃っているし、何なら私が作ってもいい」
何を言っているのだ私は。
彼女を家に招くだと?
掃除は大丈夫か?
トイレは綺麗だったか?
加齢臭は大丈夫か?
先に家に戻り、確認したいことが多々あるが、初めて彼氏を自宅に招く時の、うら若き乙女のような真似はできない。
几帳面とはいえない自分の性格が、この時ほど恨めしいと思ったことはない。

「私は構いません。どっちかといえば、お伺いできる方が嬉しいです。じゃあお邪魔させてもらってもいいですか? 材料はだいたい選びましたから、何か足りないものがあれば」
彼女のカゴを一瞥し、
「大丈夫だと思うが」
「では、お会計してきますね」
私が払おうとしていたのに、彼女はレジへ向かって行ってしまった。
まあ、後で払えばいいか。

何か突然の展開で変なことになってしまったが、これは危機なのか、それとも好機なのだろうか。
人によって意見の分かれるところではあるだろうが、成り行き任せにするしかないようだ。
どうか悪い結果になりませんように。

「お待たせしました」
レジを終えた彼女が戻る。
「いや、おいくらでしたか? 荷物は持ちましょう」
この後、細かいやり取りはあったが、ここでは割愛。
レジを済ませた私たちは、スーパーを出て、我が家へ向かって歩き出した。

もしやあなたは

私たちを世間ではどのように見えているのだろうか?
親子か、祖父と孫か、いずれにしろ歳の離れた二人が観光か散歩しているようには見えるだろう。

古都の風景はやはりいい、妙に落ち着く。
長くこの国にいて文明や文化が発展する様を見てきたが、石造りやコンクリート造りはやはり馴染めない。
ここ近年建築された建物は西洋風のものが多く、少し情緒に欠けると思ってしまうのだが、古都の旧市街の住宅地では、まだまだ情緒ある日常の光景が残っている。

「このあたりを歩くのはずいぶん久しぶりだ。あまり変わってないように見受けられるが、それでもやっぱり昔とは違うのだろうなあ」
「いつの話してんのさ?」
「かれこれ五十年くらいにはなるか」
「そりゃ、変わってるだろ。変わってないはずねえよ」
「そうなのだろうなあ」
「五十年もあれば、住んでる人間もずいぶん変わってると思うけどね」
「人は変わってても、町屋が多いこの辺りの変化は少ないのではないのか。築地塀ついじべい紅殻格子べんがらごうしいらかの波なんかは昔の面影があるぞ。それに蔵がある風景もいいじゃないか。この国の歴史が書物に刻まれるようになってからの景色が今も見られるのって素晴らしいと思わないか」
「甘いねえ。探せば、昔風のものも今風のものもいくらでもあるさ。それって昔を懐かしがってるだけじゃねえの? 懐古趣味とかというんだっけ?」
「お前は風情がないなあ」
「風情で飯は食えないもんね」
「そもそもお前に飯は必要ないだろ」
チビ助の言葉使いはぞんざいだ。
少なくとも目上の者に対する言葉遣いではない。
まあ、厳密に私の方が目上かということになると定かではないのだが。

「おい、あの中年のおっさん、いや爺さんと歩いてるねえちゃんって比丘尼ビクニじゃね?」
なんとかしろよ、その言葉遣い。
昔からだから今更驚きもしないが、これだけは改めて欲しいと思うぞ。
しかし、私も先ほどから父と娘に見えるあの二人が気になっていたのは事実だ。
だが、目の付け所がチビ助と同じとは少々ショックだな。
まあこれだけ長い時を一緒に過ごすと、物の見方や考え方が似てくるのかもしれないが。

「そのようだな。久し振りに会ったが、またずいぶんと若作りしたものだな。連れを見ると趣味も変わったようだしな」
「趣味が変わったというより、そろそろ誰にも相手にされなくなってきたんじゃねえの」
私には歳若い女性に見えているぞ。
「いや、容姿を見る限りまだまだ大丈夫なんじゃないか」
「それって、今流行(はやりのセクハラ発言とかっていうんじゃねえの」
チビ助に突っ込まれた。
なんかムカつく。
それより『誰にも相手にされない発言』でアウトなんじゃないのか?
「お前と私の間の会話だからだ。気に障ったのなら忘れてくれ」
「別に俺はいいけどさ。一つ貸しな」
何?
貸しだと?
何様のつもりだ?
今までどれだけ助けてやったと思っている。
恩知らずか?
恥知らずにも程があるぞ。

「ところで、あいつは幾つになったんだ?」
ん?
この問いはシュールだ。
「そうだなぁ。八百比丘尼ヤオビクニと呼ばれていたのは、歴史的に言うと平安時代だったはずだから、生まれ変わっていなかったら千年以上は生きていることになるな」
「そんなにか。でも生まれ変わりってあるのか?」
「彼女は、普通の人間として生活していたのだが、その昔、人魚の肉を喰らうことで不老不死を手に入れたとされている。元々が人間であるのであれば、一度死んで、生まれ変わっていても何の不思議もない」
「なるほど」
「ただその場合、人魚の肉を喰らっても不老不死にはならなかったということになってしまうがな。だからあのお嬢さんは比丘尼に見えていてもまったくの別人かもしれない」
重ねていうが、私には歳若い女性に見えている。

「お嬢さんって、どう見てもオバさんだぜ」
「それはセクハラにはならんのか?」
一矢報いた。
「おっと。いいじゃん、あんたと俺との間のことだし」
「さっきはそれで私に貸しって言ってなかったか?」
もう一矢。
「意外と細かいよね。じゃあ、チャラってことで」
私の勝ちのようだな。

「しかし、何度見ても俺たちの知ってる比丘尼にそっくりだぜ。生まれ変わりって信じられねえよ」
そりゃそうだろう。
私も比丘尼本人だと思っている。

「俺たちの知ってる比丘尼かどうか、知る方法はあるのか?」
「見て分かるようなことはないだろうから、本人に聞くしかないだろうな。本人が教えてくれるかどうかは別だが」
「ちょっと声掛けてみようか?」
「声を掛けてどうするのだ?」
「からかってやろうぜ」
興味はあるが、賛同はできない。
「止めておけ。彼女にも都合はあるだろうし、もし別人ならどうする。他人の暮らしを乱すものではないぞ」
興味津々だが、やはり賛同は……。
「いいじゃん。別人なら謝りゃいいんだし。おーい、比丘尼!」

隣を歩く彼女の顔つきが一瞬強張ったような気がした。
それから声をかけてきた子供のような男性に向けて満面の笑みを浮かべたのだった。
「あらぁ、どこのお坊ちゃまのお声掛けかと思っていましたら、確か小さいおじ様でしたかしら。ご無沙汰しております」


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