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大昔から 人も生まれぬ世界にも 活躍している 神がいる

二〇二三年 四月


はじめに

 この書を手に取っていただいたあなたは、なんと御奇特な方なのでしょう。
どうもありがとうございます。
なんと、シリーズ十六作目ですが、まだまだ続く予定です。

ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。

今回は、珍しい神たちのお話しです。
存在すら知らない方もいらっしゃるでしょうが、存在は知っていても、何をされた神様なのか知らない方がほとんどのはず。
さてどんな会話が飛び出すのでしょう。

また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。

場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。

母上さまへのお願い事

 ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。

今年は桜の開花が早かったので、四月といえども、もう葉桜ですね。
これからは新緑が眩しい季節です。
暖かさに誘われて、ぶらりとお散歩に行きたくなりませんか?

それでは今日もそろりと話を進めましょうか。
今回は珍しい神々の話をしましょう。

例えば、キリスト教の神は一週間で人間を含め世界を創ったとされています。
しかし私たちが過ごす日本には、そのような全知全能のような、または絶対神のような神が存在しません。

皆さんがよくご存知の一番古い神は恐らく、伊弉諾尊イザナギノミコト伊弉冉尊イザナミノミコトのお二神ではないでしょうか?

ですが、歴史を紐解くとそれ以前にも多くの神々がいらっしゃいます。


「多紀理、一つお願いがあるんだけど」
「旦那さまのお願いならなんでも聞いて差し上げますよ」
「そんな言われ方をすると言い出しにくいなあ」
「ごめんなさい、そんなつもりでは」
「いいんだ。実は母上さまに会いたいんだ。だから連絡取ってもらえないかな」
「用件を聞かれたらどう答えればいいですか?」
別天津神コトアマツカミの方々の話が聞きたいんだ。母上様でないと頼めないだろ?」


別天津神コトアマツカミとは、古事記の記述によると、この世に最初に現れた、天之御中主神アメノミナカヌシノカミ高御産巣日神タカミムスヒノカミ神産巣日神カミムスヒノカミ宇摩志阿斯訶備比古遅神ウマシアシカビヒコヂノカミ天之常立神アメノトコタチノカミの五柱の神々をいいます。

最初の三神は、別天津神の中でもさらに特別に「造化ぞうか三神さんしん」と呼ばれています。


神々である以上、それぞれの役割があるはずなのですが、別天津神コトアマツカミは、歴史上現れては何もせずに消えるだけの存在です。
何故なのでしょう?


「お勉強ですか?」
「勉強というより興味本位かな」
「旦那さまはいつも好奇心旺盛ですね」
「そんな年でもないんだけどね」
「年歳は関係ないでしょ」
「いつまで経っても子供っぽいんだよね」

「そういうことなら母さまだけじゃなくて、その方々も呼んでもらったほうがよろしいですよね」
「その方が有難いけれど、皆さんお忙しいだろうから」
「じゃあ集まれる方は集まって、ということでよろしいですか?」
「そうだね。あっ、くれぐれも無理をされないように言ってね」
「分かりました」
「多分、多紀理の頼みなら断られないだろうし。くれぐれも私からの頼みだと伝えてね」

「そんなに気を遣わなくても」
「そういう訳にはいかないよ」
「だって、旦那さまが仰ったように、母さまは断られないと思いますよ」
「私の趣味みたいなことで、母上さまを煩わせたくないんだよ」
「連絡するのなら一緒じゃないですか?」
「そうだよね。そんなに都合のいい話しはないよね。じゃあ止めておこうかな」

「旦那さまの希望、この多紀理が叶えて差し上げます」
「もういいよ」
「一応母さまには何のための連絡かは伝えますけれど、わたくしがオジサマたちに直接話します。それなら問題ないでしょ?」
「そんなことができるの?」
「わたくしは母さまの娘ですよ。それにオジサマたちと面識もありますから」

「じゃあ多紀理にお願いしようか」
「承りました」
「母上さまにもよろしく伝えてね」
「了解しました」
「ずいぶん事務的だな」
「その方が気楽じゃないですか?」
「その通りだね」


とはいうものの、場所の選定が難しかった。
母上さまは普段は伊勢にいらっしゃるし、別天津神は高天原にいらっしゃるらしい。
神々であれば移動に何の問題もないのだろうが、私だけはそういう訳にいかない。
私が伊勢まで出向くという選択肢もあったのだが、母上さまは、それには及ばないと仰っていただいた。
結局我が家で神々を迎えることになったのだが……。

別天津神たちとの集い

 「母上さま、今回は面倒なお願いをしまして申し訳ございませんでした」
「娘とその夫の頼みですもの断れませんよ」
「ありがとうございます。ご無理なさいませんでしたか?」
「多紀理は自分で連絡すると言ったんですけれど、私が連絡する方が話がスムーズに纏まると思いましたから」

「それにしても日本史上重要な神様に集まっていただけましたね」
「今回は別天津神ですけれど、私も久しぶりに会いましたからとても懐かしい思いをしています」
「たまにはこういう同窓会のような催しもいいですね。次があるとすれば神代七代カミヨノナナヨの神々などいかがでしょうか」
「そうですね。みんなの近況を知れたり、変化に気付けるかもしれませんからね。竹本氏のお手柄ですね」

「旦那さま良かったですね」
「多紀理、外で旦那さまはダメだって言ったじゃない」
「母さまの前でもダメなの?」
「もう聞かれちゃったからなあ」
「竹本氏はいつもちゃんとしてるのですね。多紀理の父さまとはずいぶん違うわ」
「いえ、全然できてないんです。だから余計に細かいことが気になっちゃって」

「ウチの娘は大変な人を好きになっちゃったわね」
「そうなの?」
「父さまはずいぶんいい加減で、私たちが迷惑を被ることも多いですけれど、その分暖かくて力強くて私たちを包み込んでくれる方です」
「そうかも?」

「一方で竹本氏は思慮深くて気遣いができる人で、細かいことが気になるタイプで、多紀理をすごく大事に思ってくれて、なのにただの人間なんて」

人間であることが、これほどに差し障りがあることになるとは思ってもみなかった。
だからと言って神になれる訳でもないし、神と比べれば、人間であることに誇りなど持てようはずもないし、これからどうすればいいんだろう。


「今日はわざわざお集まりいただきましてありがとうございます」
「ところで今日は何の集まりだい?」
「こんな狭いところへ俺たちを閉じ込めて何の真似だよ」

「天照大神のお呼び出しだよ」
「お前、なんか怒られるようなことしたのか?」
「あんたじゃないんだから、そんなヘマはしませんよ」
「ヘマって言やあ……」

「皆さん、ご足労いただいて感謝します。今日の集まりは娘婿が言い出したことで、あなた方がこの世界に現れた頃の話しが聞きたいのですって」

「多紀理ちゃん、結婚したのかい? そりゃ知らなかった。おめでとうさん」
「ありがとうございます、オジサマ」
「それでこっちのアンちゃんが旦那さんかい」
「見たことない奴が一人混じってるなと思ってたんだ」
「そういうことですか」

「アンちゃん、そんな昔の話を聞いてどうするんだい?」
「以前から気になっていたんです。皆さんは、それを知る機会が与えられるとしたなら、ワクワクしませんか?」
「そりゃワクワクするかもな」
「ワクワクなんていつ振りだよ」
「ワクワクすることなんてなくなっちまったもんねえ」

「アンちゃん一つ聞いていいかい? お前さんはどこの神さんなんだ?」
「申し遅れました。私は竹本といいます。そして神ではなくただの人間なんです」
「人間だあ?」
「俺たちと一緒にいて大丈夫なのかい?」
「多紀理ちゃん、本当に人間なの?」
「人間と話すなんて初めてじゃねえか?」

「そうだよな。俺たちが活躍していた頃はまだ人間はいなかったもんな」
「誰が活躍していたって?」
「活躍って何のこと?」
「誰一人として活躍なんかしてねえよ」
「すみません、そこが引っ掛かっているんです」

「どういうことだい?」
「引っ掛かっているんだってよ」
「すみませんだって。何を謝っているのかしら?」
「話が進まねえなあ」
「そうだよなあ。早く本筋の話をしようぜ」
「お前たちがああだこうだと口を挟むからだろうが」

「じゃあアンちゃんの話し聞こうよ」
「そうだな」
「俺も賛成」
「ちょっと黙れって」

「それでは始めましょうか、古事記とか日本書紀とか、それに類するような日本の歴史を書いた書物を読まれたことはおありですか?」
「俺たちが高天原に生まれた頃には、そんな書物なかったよな」
「そりゃ当たり前だろ」
「何で当たり前なんだよ」
「俺たちより古い神がいるか? 誰かが書かないと書物なんか現れないんだよ」
「なるほど」
「その通りね」
「確かに」

「続けてもいいですか?」
「アンちゃん、こいつらの話聞いていると、進まないからさ、とっととやってくれ」
「分かりました、では。古事記では皆さんは独神ひとりがみで男性でも女性でもないと書かれています。そして現れて消えるだけ。何をしたとか何をしでかしたとかまったく不明です」
「読んだことねえから新鮮だねえ」

「日本書紀もほぼ同じような感じですが、順番が全然違います。更に日本書紀では皆さん男神と書かれていますから、多紀理が皆さんのことをオジサマと呼ぶのもこの影響でしょう」

「古事記と日本書紀の存在は知っているけど、記紀でそんなに違うのかい?」
「そうなんです。でも、おかしくないですか? 皆さんの功績も、失策も全然明らかにされていません。もし何もされてないのが本当なら、わざわざ記紀に名前を記す必要あります?」

「あなたの理論は面白いね。私たちの立場で考えたら何でだよってなるわよね」
「その理屈でいくと確かに納得できないよな」

「でも俺たちが何かやらかしたとか失策したとか言ってるぜ」
「お前は言われても仕方ないよな」
「俺が何やらかしたってんだよ」
「覚えてねえのかよ」

「お前らちょっと黙ってろ」
「何でだよ」

「アンちゃんなら理解できるかもしれないから、少し真面目な話しをしようか」
「お願いします」

「記紀ってのはさ、俺は読んだことがねえけど、俺たちの出番が終わって高天原に引き上げて、ずいぶん時間が経ってから作られた物だろ? それにすべての神のことが書かれてる訳じゃないよな」
「確かにそうですね」

「アンちゃん、話は変わるが、お前さんが生まれてから今までの十大ニュースってなんだい? 詳しく言えるかい?」
「難しい質問ですね。十大ニュースは決められるかもしれません。それも長い時間をかけて選別しての話です。今すぐなんて当然できる訳がありません。それに頑張って選別できたとしても、とても詳しくは話せませんね」

「そうだろ、それと同じでよ、記紀を書いた奴らも、俺たちの名前は知っていても何をしたかまでは知らなかったんだよ」

「考えようによっちゃ俺たちの名前が載ってるだけでもめっけもんじゃねえか」
「なるほど、何をしたとかしていないとかは関係ない、存在することに意義があるということですか」
「アンちゃんは頭いいねえ」
「多紀理ちゃん、いいの見つけたねえ」
「人間にゃもったいねえな、アンちゃんは神になれねえのかい?」
「そんな無茶振りされましても、私が決められることでもありませんし」

「神としての最初の一歩を歩んだことでも、別の意義があるんじゃないの?」
「そういや、あんたが一番最初だったよな」
「何言ってんだい、お前さんが最初じゃないか」
「そうだったっけ?」
「ボケてんじゃねえぞ」
「じゃあお前さんは何番だい?」
「あんたが俺の前だから二番だよ」

「次は誰だっけ?」
「俺じゃなかったっけ?」
「違うでしょ、あんたは私の後ろだから四番目でしょ」

「この際順番なんかどうでもよくねえか?」
「俺たちがどんな順番だろうが関係ねえもんな」

「そういや一人足りねえな、あいつはどうした?」
「俺たちの中であいつが一番最後で一番若いんじゃなかったっけ?」
「なんか具合悪いらしいぞ。だから欠席だってよ」

「歳は取りたくねえなあ。身体壊すなんて今までなかったもんなあ」
「俺も最近耳が少し遠くなったようでなあ」

「髪の毛なんか早くに無くなっちまったからなあ、下はフサフサなのによ」
「白髪だらけじゃねえのか?」
「言えてる」
「そんな話してると叱られるぞ」
「誰にだよ」
「俺たちよりずっと偉い方がここにいるの忘れてねえか?」
「そうだった」
「口を慎めよ」
「お前に言われたくねえや」

「あなた方は相変わらず賑やかですね」
「皆さん久しぶりに会われるのですか?」

「おまえさんとは昨日も会ったよな」
「最近会ってないのは誰だ?」
「でも他の神々よりは頻繁に顔合わせてるよな」

出雲大社いずもおおやしろでご一緒なんじゃないんですか?」
「最初はな。そこにいらっしゃる高天原の最高神に監視を仰せつかったからな」
「でもよ、監視対象者がいい奴なんだよ」
「すぐに打ち解けたよな」

「大国主さんですよね」
「そうそう、あいつ今どうしてる?」
「男気があっていい男だったわよ」
「先日お会いしましたけれど、お元気でしたよ」
「そうかい。たまには会いたいよな」
「そうだな、またあいつと飲みたいよな」

「お伝えしておきますよ。きっと喜ばれると思いますよ」
「アンちゃん頼むわ」
「それにしてもアンちゃんはホントに人間かい?」

「生まれてから今まで、残念ながら人間以外をやったことがないんですよ」
「アンちゃん、面白いね。俺も神以外やったことねえや」
「ここにいるアンちゃん以外は皆んなそうだよ」
「そりゃそうだな」

「おい寝るなよ」
「寝てねえよ」
「イビキかいてたぞ」
「じゃあ寝てたんだな」
「なんだよそれ」

「ちょっとしょんべんだ」
「私もおトイレ」
「最近めっきり近くなったよな」
「どこがだよ」
「どこじゃねえよ、しょんべんだよ。お前は大丈夫なのか?」
「俺は昔から近かったからよ。あんまり変わらねえなあ」
「そりゃあ羨ましいって言えばいいのかねえ」

「人間の世界と全然変わらないですね」
「そうかえ?」
「トイレが近くなったり、すぐ寝ちゃったり、すぐ起きちゃったりなんて私も実感してます」
「アンちゃんも人間世界では、そこそこの歳なんだろうなあ」

「何の話?」
「しょんべんだよ」
「違うよ、年齢の話だよ」
「年齢といやあ俺たちより年齢が上の奴なんていねえんだよな」
「そうなの?」
「そうだろ」
「違うかもよ」
「どっちだよ」
「アンちゃん知ってるかい?」

「古事記では皆さんが最初の神ですから一番の年上と言えるでしょうね」
「もう一つは違うのかい?」

「日本書紀では神代七代カミヨノナナヨの最初の神が一番目だったり、他の神が一番目だったりします。古事記で四番目の神が一番目だったりもしますし」
「俺が最初って書かれてるのか? そりゃ読まねえとなあ」

「『あるふみでは』とか『また一書あるふみでは』の書き出しは曲者ですね。何とでも書けますから。私は古事記の方が分かり易くて好きです」
「どっちも読んだことねえから分かんないな」

「どこに行けば読めるの?」
「少し大きな本屋さんなら置いていると思いますよ。私もそうやって手に入れましたから。図書館でも見られるかもしれませんね」

「私は身分証がないから図書カードが作れないのよね」
「見るだけなら図書カードもいらないでしょ?」
「そうなの?」

「知ったかぶりはよくねえな」
「身分証なら神社庁で戸籍登録すればもらえるはずですよ」
「多紀理ちゃん、本当かい?」
「月読命から伺いましたから、多分間違いないでしょう」

「それは知らなかった」


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