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今年の春は 訪れ早く 春一番で はなひさん

二〇二三年 三月


はじめに

この書を手に取っていただいたあなたは、なんと御奇特な方なのでしょう。
どうもありがとうございます。
なんと、シリーズ十五作目ですが、まだまだ続く予定です。

ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。

今回は、多紀理毘売の妹さんが初登場です。
小野篁さんも登場します。
もちろん閻魔大王も。
どうぞお楽しみに。

また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。

場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。


六道珍皇寺

ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。


冬の気配が遠のき、次にやって来るのは春のハズなんだが今年はなんだろう。
冬と春が行ったり来たりしているようで季節がままならない。
暖かくなっていくのは間違いないのだろうが。

この間はえべっさんのところで結構時間がかかったから今日こそは複数箇所を目指すぞ。

恵比寿神社まではこの間と同じ道を辿る。
ここからなら徒歩でも十分はかからない。

えべっさんの前をそのままさがり松原通で東へ向かう。
六道の辻をがったら右手に六波羅蜜寺が見えてくる。

六波羅蜜寺外観 寺院のイメージ?

ここが七福神巡りの四つ目の訪問地。
七福神では唯一の女神、弁天様がいらっしゃる。

六波羅蜜寺は近代的でオシャレな外観に圧倒されてしまうが、私が思っている寺院の外観のイメージとは程遠い。
史跡とは思えないくらいにカッコイイのだが、ここまで近代的にしなくてもと思ってしまった。
ごめんなさい。

それはそうと、ここまで案内する道中で何か気付きませんでしたか?
目敏い方はもうお気付きですよね。
そうなんです。

すぐ近くに六道ろくどうの辻があるんですね。
ということは六道珍皇寺ろくどうちんのうじがすぐ近くにあって、小野篁卿おののたかむらきょうがいらっしゃって、地獄への入り口があるってことじゃないですか。
興味ありません?
篁卿のように行ったり来たりできるかは分かりませんが、地獄ってどんなところなのか行ってみたいじゃないですか。
テーマパークのアトラクションではないですけれど、まずはこちらからトライしてみましょうよ。


六道珍皇寺


「多紀理は六道珍皇寺って何で有名か知ってる?」
「初めて伺いましたがこちらのお寺ですよね? 何で有名なのかは存じません」
「このお寺はね、地獄に通じる井戸があることで有名なんだよ」
「そうなのですね。あなたに話すのもおこがましいのですが、わたくしは一応神ですから、地獄とは無縁です。ですが関係のある方々にとってはあまり近寄りたくない場所なのでしょうね」
「私も関係ないと思いたいけれど、ずっと人間やっているから無縁とはいえないんだろうなあ」
「これはあくまでわたくしの考えですが、最近のあなたは神より神らしいのですから、たとえ地獄に行かなければならいとしても、あなたを頼りとする神たちが総力を上げて阻止してくださると思いますよ。もちろんわたくしがその先頭に立ちます」
「喜んで良いのかなあ? それって道理に反してない? それに多紀理、危ないことはやめてね。私はあなたが傷付くのを一番見たくないんだから」


六道珍皇寺の正式名称は臨済宗りんざいしゅう建仁寺派けんにんじは六道珍皇院ろくどうちんのういん
号は大椿山だいちんざんといいます。

お寺の前を東西に横切る松原通 (旧五条通) は平安時代そのままの通りといわれています。
また近辺が葬送地または風葬地・鳥辺野とりべのであったことから六道の辻は冥府への通路とされ、あの世とこの世の境界地でもあるとされ、お盆ともなれば生者も死者もこの地を通るため、最も賑やかな地の一つであったようです。

都では葬送地・風葬地として蓮台野れんだいの鳥辺野とりべの化野あだしのが知られています。

上京かみぎょうの死者は蓮台野の引接寺いんじょうじ (千本ゑんま堂) へ、下京しもぎょうの死者は鳥辺野のこの地へ送られます。
また右京の地・嵯峨野にある化野念仏寺あだしのねんぶつじには西院さいの河原があり、無縁仏が多く寂寞せきばくとしたイメージですが当時から知られてはいたようです。


六道珍皇寺の六道とは、仏教の教義であり天道てんどう人間道にんげんどう修羅道しゅらどう畜生道ちくしょうどう餓鬼道がきどう地獄道じごくどうをいい、人は因果応報いんがおうほうにより六道を輪廻転生りんねてんしょうするといわれています。

六道珍皇寺所蔵の『熊野観心十界図くまのかんじんじっかいず』には、上の方には仏の世界と人間の世界が、下の方には地獄世界が描かれています。

熊野観心十界図の一部

そもそもは広報ツールだったようです。
まだまだ字が読める人が少なかった時代から、絵を見せることで、輪廻と悟りをより具体的にイメージができたのでしょう。
宗教の在り方や、人生の過ごし方、ひいては勧誘に一役も二役も買っていたのでしょう。

十界とは、先述の六道と四聖から成り立っています。

四聖とは、煩悩だらけの六道の上にある世界を指し、最上位は悟りの世界でもあります。
四聖は上から、ほとけ菩薩ぼさつ声聞しょうもん縁覚えんがくです。

「少し気になったのですけれど、この絵の中にある鳥居は、どういう意味があるのですか?」
「それぞれの世界の区切りの役割をしていて、生前の行いや心の持ち方で、死後の世界が決まってしまうことを表しているんだって」
「心の文字は何を表しているのでしょう」
「物事の中心ということだと思うんだけど、その証拠に心の文字からそれぞれの世界に向かって赤い線が引かれているだろ、それぞれを繋ぐ中心に心があるということじゃないかな」
「御存じだったのですか?」
「いいえ、今思い付いたんだ」
「さすが旦那様、間違っていたとしても今の説明で納得してしまいますよ」
「人を詐欺師みたいにいうんじゃありませんよ」

「小さく角のあるのが鬼さんですよね? 意外とかわいいお顔をされていますのね」
「多紀理には鬼など無縁の存在だから、珍しいだろ」
「無縁でもありませんよ、わたくしにとっての鬼は、父さまですから」
「今頃クシャミをされているよ」

本尊は薬師如来像、脇侍に日光・月光菩薩像。
閻魔堂には閻魔大王坐像と小野篁立像。
そして問題の地獄へ通じるという『冥土通いの井戸』、冥土への入り口であり『死の六道』ともいうそうです。

二千十一年、境内隣接地に小野篁所縁の伝承がある、新たな井戸が発見されました。
これを『黄泉よみがえりの井戸』と命名し、翌年に公開。
黄泉がえりの井戸は冥土からの出口であり『しょうの六道』ともいうそうです。

未だに新たな発見があるなんて素晴らしい、さすが京都というべきか、やっぱり京都というべきか。
だってどこを掘っても何か出てくるんだから。

「冥土へ通じる井戸は一方通行なんだね。篁卿がおられた当時、そんな概念はあったのかなあ?」
「あったのじゃないでしょうか。わたくしの祖父母の時代の話ですけれど、あま御柱みはしらの周囲を巡るのに祖父と祖母はそれぞれどちら向きに巡るのが良いとか、行き合った場所でどちらが先に声を掛けるのが良いとか、色々決まり事があったそうです。それから比べれば一方通行なんて、簡単な理屈なんですからあったとみる方が自然じゃないでしょうか」
「なるほど説得力があるね。そのために蛭子ヒルコが生まれたりしているわけだからね。意外とその頃の方が今ほど自由じゃなく、曖昧さもなく決まり事が多かったのかもしれないね」


もう一つ珍しい話をご紹介しましょう。

「鋳師ガ云ク、『此ノ鐘ヲバ、ツク人モ無クテ、十二時ニ鳴ラサムト為ル也。其レヲ、此ク鋳テ後、土ニ掘埋テ三年可令有キ也……」

今昔物語曰く、六道珍皇寺の迎え鐘を造った鋳物師がいうには、鐘の音は冥土にまで届き、霊を現世に呼び戻すことができるといいます。
また鐘を撞く人がいなくても決まった時刻に鳴るように造られていたとか。

しかし、その完成のためには土中に三年間埋めなければなりません。
一度は土中に埋められたものの、当時の別当がこのことを信じ切ることができず、途中で掘り返してしまったために完成に至らず自然に鳴ることはなかったといいます。
もしそれが完成していれば前代未聞の代物だっただけに残念ですね。

もう一つ、これは注意事項。
地獄、冥土、冥府と似たような言葉を使っていますが、何となくこの場ではこの文字がしっくり来るなと思って書いています。
つまり雰囲気です、あしからず。


地獄の冥官 小野篁

閻魔堂の中を覗いてみた。
思ったより小さな閻魔様と対照的に思ったより大きな小野篁卿。
その篁卿と目が合った。

「何か用かい?」
「おくつろぎのところ失礼します。私は竹本……」
「驚いたな、言葉が通じたよ。あんた何者だい?」
「竹本といいます。普通の人間です。こちらは……」
「人間だって? 俺たちと絡んで大丈夫なのかい?」
「毎度聞かれますが、大丈夫なようです。こち……」
「大丈夫なんだ。スゴい人間が現れたもんだな」
「こちらは神で妻の多紀理です。お邪魔じゃなかったら少しお話しよろしいでしょうか?」
「もう少ししたら出掛けるけど、それまでの間なら暇だからいいよ」
「それでは篁卿、あの冥府に通じる井戸は我々でも使えるのでしょうか?」
「使えるんじゃないの? 俺以外にも奈良の御坊ごぼうを案内したことがあるよ。でも今は扉が閉まってるから裏庭に出られないし井戸まで行けないだろ?」
「実は私、隠形ができるんです」
「ほう、あんたも奇行が目立つタイプかい? お仲間だねえ」
「そういうわけでは」
「じゃあ行ってみればいいよ。道順は決まっているから迷うことはないと思うよ。戻ってくるのも最近はすぐ側に帰って来れるようになったから」
「後ほど試してみます」
「そうかい」

焔魔堂 小野篁立像


「篁卿が当初こちらの井戸を使って冥土に行かれたのは、亡くなられた母上様に会われるためと何かで読みましたが」
「そういっておくと聞こえがいいだろ? 本当は閻魔に会いに行ったに決まっているじゃないか」
「何のために?」
「俺たちの世界じゃ閻魔様といやあ泣く子も黙る地獄のボスで、嘘つきの舌を引っこ抜いたり、幾つもある何とか地獄へどんどん亡者を叩き落としたりしているわけで、このお方に逆らっちゃ生きていけない。ん? 生きていけないはオカシイな、基本的には死んでからしか会わないもんな」
「そうですね。閻魔大王というくらいですから地獄のナンバーワンだと」
「そうだろ? だから雇ってくれって閻魔にいいに行ったんだけど、行ってみれば全然違うんだよ。閻魔並みの裁判官が一つの部署に十人もいるんだ。そしてその部署がいくつもあるんだよ。つまり閻魔は地獄で一番偉いわけじゃないんだ。それから口下手で人見知りで、無茶苦茶良い奴なんだよ。あんな良い奴滅多にいないよ。地獄に仏ってのは正に彼のことだと思うよ。でも職業選択は間違ったって感じだよね」
「そうなんですね。これって結構衝撃の事実ですよね」

「冥府の裁判というのは完全合議制でさ、一人の裁判官の言い分が通るってことはまずあり得ない。さらに亡者一人の判決が出るまで三年もかけるんだぜ。もっとも一日に何人も調べるから一人に三年間みっちりかかるわけじゃないけどね」
「篁卿は確か朝廷にお勤めでしたよね」
「そうだよ。でも当時は流されていた隠岐おきから戻ったばかりでさ。朝廷の給金だけじゃ生活できなかったんだよ」

一般企業より公務員の方が給料は安いということか?

「そんなに安かったんですか? それにそもそも朝廷と冥府の副業は認められていたのでしょうか?」
「庶民の給金と比べれば全然安くはないよ。それに副業禁止なんてルールはなかったぜ。まあ、あったとしても、朝廷と冥府じゃ副業といえないんじゃないの? あんた、現世に毒されすぎてるよ」

「それにしても朝から夜まで仕事、仕事、仕事ですか」
「そりゃ無理だろう。当時の朝廷は日の出と共に出仕して午前中で終わり。冥府の仕事は夜からだから昼間はゆっくり寝られるってわけだ。たまには朝廷終わりで遊びに出掛けて、そのまま冥府なんてこともあったし、冥府の仕事が長引いて、そのまま朝廷ってこともあったな」

「なぜそんなにお金が必要だったのでしょう?」
「俺はさあ、仮にも野狂やきょうと呼ばれた変わり者だぜ、宵越しの銭は持たないってわけじゃないけど、寺に寄進などしていれば給金などすぐに飛んで行ってしまうさ」
「でもわざわざ冥府の役人などにならなくても、他にも勤め口はあったでしょうに」
「考えてもみろよ。生前からアルバイト的に冥府の役人などを勤めていたら、いざ自分が死んだ時、その事実が優位に働くと思わないかい? いくら野狂とはいえ、はなから何とか地獄には行くつもりはなかったしな」

「将来を見越してってことですか?」
「善行積んで極楽浄土へ行くも良し、冥府で役人やるも良しってね」
「今、すごくうまくいったと思ったでしょ? すみません。で、今でも冥府の役人を?」
「そうさ。死んでからも給金もらって生活しているよ。ただ地獄では給金の使い道がないんだ。だから時々こうやって娑婆に戻ってくるのさ。これから仲間と飲みに行くけど一緒にどうだい?」
「お誘いは誠に有難いです。それに地獄のお仲間にも興味をそそられますが、今は妻と一緒に七福神巡りの最中でして、六波羅蜜寺に行く途中で立ち寄らせていただいた次第です。今回は誠に残念ですが、次にお会いすることがあれば、お相伴に預からせていただきます」
「そうかい、弁天のところへ行くのかい。それじゃ仕方ないな。じゃあまた」

篁卿の後ろにいらした大柄でボディガードのような方が我々にペコッとお辞儀して、後を追いかけて行った。

「篁卿とばかり話されて、閻魔様とは話されなかったのですね」

多紀理は何をいってるの?

「エッ? あの後ろに控えていた方? 終始にこやかな笑顔でいた方? あの方が閻魔様? まさか? イメージが違いすぎるよ」

閻魔様も娑婆に来て飲みに行かれれるとは、今日はお休みなのだろうか?
それにしてもここ近年平均寿命が高いことを考えると、亡くなる方が減っているってことかな?
地獄も結構平和で暇だったりするようだ。


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