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人生が100秒だったら: 38秒目

キュウリ王子のいた夏


ほんの出来心だった。
どこにも行けないゴールデンウィークに、お金のかからない気分転換のつもりだった。

野菜作りは土作りだと「はじめての家庭菜園」に書いてあった。雑草取りをした。庭を掘り返した。自分の墓を掘ってるみたいだと思った。

ベトベトした酸性の粘土質で使えない土だとわかった。くじけず、石灰を混ぜた。肥料を混ぜた。
「何してんすか?」
不安が残ったので、大量の培養土を買ってクロネコのお兄ちゃんに不審がられた。

穴を大きく掘り過ぎて、培養土が足りなくなった。これ以上培養土を買い足すと、「大変高価な」野菜になることがわかったので、もとの土を戻し混ぜることにした。穴に入れては混ぜ、混ぜては入れを3回繰り返した。
立派なギックリ腰になった。整体と鍼治療に通った。「さらに高価な」野菜となった。

ネットで苗屋さんをみつけて、
ミニトマト、ナス、キュウリ、初心者にも優しい野菜の苗を注文したら、カプセルホテルの住人のようにみんな揃ってひとつの箱の中にワキワキ仲良く並んでやってきた。

可愛い。
でもどうやって育てたらいいか、わからない。ネットの説明で迷子になった。

たった数本苗を買っただけなのに、
何度電話しても苗屋さんの店長さんは辛抱強く答えてくれた。畝(ウネ)のことをオネ、と言っても笑わなかった。
1週間かかってできたふかふかのベッド(畝)に入れたら、苗たちはみんな小さな手足を広げることができて、気持ち良さそうだった。

毎日天気予報を見る眼差しが真剣になった。
風やら、日差しやら、湿気やらを感じている自分はまるでトマトの葉っぱになった気分だった。(ちなみにトマトの葉っぱは、心洗われるような良いニホヒなのだ。トマト本体より体に良さそうなのだ。)

日に日に農家の人達への尊敬が高まった。スーパーで3本¥135のキュウリを畏敬の念で見るようになった。

日当たりの良いベランダの子達は、庭の子達より威勢が良かった。本支柱たてやら、摘心やら、肥料やりやら、まごまごしている内に2週間近く経った。待ちきれないキュウリが小さな手を伸ばして仮支柱に捕まっていた。
ピシッという音が聞こえたようだった。
いや、確かに聞こえた。

やっと作った見よう見まねの本支柱にちゃんと捕まってくれるか心配していたら、あらら、もうキュウリの赤ちゃんが。私の小指の爪くらいの全身にトゲトゲを生やして、いっちょまえにキュウリの顔をしていた。

ミニトマト、ナス、キュウリ、トウモロコシ、、無我夢中でお世話さしあげたが、いちばんわかりやすかったのはキュウリだった。漫画のようだった。肥料をやると、ぽこぽこキュウリの赤ちゃんが出て来て、楽しかった。朝、赤ちゃんだったのが、夕方にはもう巨大な怪物キュウリになっていて大喜びしたが、食べると固くって、がっかりした。

日当たりのおかげで、滑り出し好調だったベランダの子たちは、後半戦、猛暑と台風に翻弄された。特にヒョロヒョロと不安定なキュウリは風にあおられやすかった。
何度も植木鉢ごと倒されて、弱っていたところをとびきり大きな21号の一撃で叩きのめされたキュウリは、もはや私にはキュウリではなかった。虫の息で床に倒れ伏している、ひ弱な美少年「キュウリ王子」だった。

(*ここ宝塚の演出) 
大丈夫かっ!
駆け寄り、青ざめた細い肩を助け起こし、救急通報する。
「キュウリが、キュウリが、死にそうなんです!」取り乱す私に「苗屋さんの店長」が応急措置の指示。

(*ここ、ER緊急救命室の演出)
立て直したら、水と肥料をやって、日陰で様子を見なさい。  
はいっ!
「キュウリ王子」は、見事復活した。

なんだかすごく感動した。めちゃくちゃ、自慢したくなった。キュウリでこんなだったら、私に犬とか、まさかの子供とかいたら、大変なことになっていただろうと妄想した。
「苗屋さんの店長」に電話するのはかろうじて我慢できた。

怒涛のような2018年夏は、幕を閉じてみたら、記録的な猛暑で、野菜作り初心者にとっては過酷な夏だった。(はじめての私には比較しようもなかったけれど。)ベテランの園芸家にとっても、大変な夏だったから、初心者がうまくできなくてもしょうがないよ、と慰められた。

また、やるかって?
ちょっと考えさせて。
でも、あんなふうににドキドキハラハラしたのは初めて。

野菜づくりに夢中になっていたあの夏を振り返る時、85歳のおばあちゃんフレンドの言葉を思い出す。

「30年近く家庭菜園やって、毎年いっぱい汗かいて、いっぱい美味しい野菜をいただいた。でもある時、どんどん実ってくれる野菜の成長に私がついていけなくなったのね。お世話しきれなくなった。せっかく大きく成ったのに、申し訳なくって。私が家庭菜園を辞めた理由はそれ。」

命をつくってくれる、太陽と水と土。
それらをクルクル回している地球のスピードに私が追いつけなくなる。走っても走っても、先に行かれてしまう。

もしかして、歳をとるって、そういうこと?

もうすぐ、夏がやってくる。
いちばん好きな夏。
キラキラと水が緑の葉っぱに跳ね返って、
おはいんなさい、ど〜ぞって
地球の縄跳びに誘ってくれてるけど、私、
またその中に入っていけるかな?

入れたら、きっとまたすっごく元気になるって思うのだけど。 

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