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#思い出
もう思い出せなくなった日々も、
今でもはっきりと思い出せる日々、朧気ながら記憶に残っている日々、そしてもう思い出せなくなった日々…。
目を閉じて必死に思いだそうとするものの、記憶の糸は一向に見つけられない。きっと脳みそのなかの最奥部にでもある書庫に厳重にしまわれてしまったのだろう。その書庫への道筋を僕は知らない。
とは言うものの、些細な出来事がきっかけで記憶の書庫が開かれることが時たまあるもの。
それはたとえば、懐かしの友
それぞれが持つ記憶。
曾祖父(そうそふ)の話を母親から聞いた。話によると曾祖父は、地域の発展に尽力した人物だったらしい。とくに道路や寺院の造成に奔走したとのこと。
山を挟んだ隣町「大内町」にある「楢淵寺」は、曾祖父が資金面で援助して建立(こんりゅう)した寺院らしい。おしゃれなハットをかぶり、ジャケットを格好良く羽織った曾祖父の銅像?だっけかが敷地内にあるらしい。
僕が生まれた頃にはすでに曾祖父は亡くなっており、彼に
笑みがこぼれるその瞬間を。
嬉しいとき・楽しいとき・幸せなとき・わくわくするとき…。僕たちホモ・サピエンスは、いろんな“とき”に思わず笑みをこぼす。
もちろんそれは、ポジティブな“とき”だけではない。たとえば、嫌いな人に不幸が降りかかったときや、悪だくみをしているときみたいな、一般的にネガティブとされる“とき”にも笑みがこぼれちゃうことだってあるだろう。
ただやっぱり僕は、ポジティブな意味で笑うのが大好きなのだ。そして、
なんて名前をつけたんだろうか。
高校時代に付き合っていた彼女と、子供につける名前について話したことがある。
お互いの高校のちょうど中間地点にある、市役所に隣接している大きな公園で落ち合う。近くのベンチに並んで腰かけ、学校で起きた面白い出来事やテストの話など、なんてことはない話に興じた。
「自分の子供にどんな名前をつけたい?」
彼女から唐突に質問された。
「うーん、難しいなあ。空とか海とかって名前にしたいかな。遥佳は?」
名前も知らないどこかの誰かが、
すっかり夜も更けた午前1時過ぎころ。めざしを肴(さかな)に、日本酒をくいっとあおる。これこそまさに至福のとき。僕ももうすっかり、胸を張って誇れる一人前の「おっさん」になったんだぜ。
基本的には朝型人間の僕だけれど、最近はなぜか宵っ張り(よいっぱり)になりつつある。昨日はなんと、午前4時まで起きてしまったのだ。
撮りためた写真のフォルダをあさる。こうやって写真を見返してみると、たくさんの写真に他
君もどっかで見てるんかな。
長かった電車旅が終盤を迎えた。新庄駅から酒田駅へ移動するため、バスに乗りこむ。なんでも、トンネルの工事に伴い、しばらくはバスでの代行輸送なんだそうだ。
「乗客が少ないので、好きなように座席を使ってもいいですよ」
バスの運転手のアナウンスが車内に響き渡る。荷物が多かったから、めっちゃラッキーだ。隣の座席にザックを、通路にはスーツケースを置く。スーツケースは動かないように横に倒した。
背もたれを
街並み、つながる、音楽。
赤信号で止まった。
目の前には、懐かしい街並みが広がる。学生時代によく訪れた商店街だ。
通りには、喫茶店や雑貨屋など、さまざまな種類のお店が軒を連ねている。当時はなかったお店もたくさんあり、すっかり様変わりしたようだ。
この通りは、学生時代によく散歩した。ソニーのウォークマンにつないだ有線イヤホンを耳にはめ、気の向くままにのんびりと。ここを散歩するときは必ず、Rickie-Gのam8:59を
朝焼けが街を静かに。
家からほど遠い市街地にある友人の家に泊まったとある日のこと。慣れない環境のためか、いつもより眠りが浅く、早朝に目覚めてしまった。
枕元に無造作に置かれたスマホを手に取り、スリープモードを解除した。その瞬間、光の束が双眸(そうぼう)へ向かって押し寄せる。一気に目が覚めた。これじゃ、二度寝もできなさそうだ。
そこで僕は、コンビニに朝飯を買いに行くがてら、散歩をすることにした。気持ちよさそうに布団の