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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#恋

『赤い風船』

『赤い風船』

歩行者天国になった大通りを歩く。
1週間前には、彼と一緒だったのに。
賑やかな音楽と笑い声。
みんな楽しそうで、幸せそうだ。
私は、不幸に見えるだろうか。
ひとりぼっちで、肩をすぼめて歩く私は、不幸に見えるだろうか。
子供の手を引いて歩く若い夫婦は、私を見てどう思うのだろうか。

別に男が嫌いってわけじゃない。
どうしてそんな噂が立ったのか。
確かに、できるだけ知られないようにはしていたけれど。

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『人生はわからない』

『人生はわからない』

俺とあいつは幼なじみだ。
だが、幼なじみが必ず仲良しだと思ったら大間違いだ。
小学校の頃には、しょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をした。
そんなに喧嘩をするなら近づかなければいいのにと、大人からはよく言われた。
しかし、なぜか俺たちは近づいた。
お互いに静かに近づいて、ある程度の距離まで来ると、急に胸ぐらをつかみ合う。

さすがに中学に入ると、そんな喧嘩はしなくなった。
俺が野球部に入ると、あいつはサ

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『夜と桜と指輪と彼と』

『夜と桜と指輪と彼と』

あろうことか、彼は一度出しかけた指輪を引っ込めてしまったのだ。
付き合いは長いから、大体わかっていた。
お互いにそろそろかなという雰囲気はあった。
彼が、あらたまって予定を聞いてきた時からわかっていた。
そんなことは、今までなかったから。
だから、私も覚悟は決めていた。
彼に恥をかかせるつもりはなかった。
それが、あろうことか…

私が高校2年の時に、彼は新入部員として入ってきた。
私は、野球部の

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『恋の墓場』

『恋の墓場』

ある男が、面白い場所があるので行きましょうよと言ってきた。
特に予定もないので、ついていくことにした。
なぜか、深夜に待ちあせわせ、明かりのない道を歩いた。
都会から離れて、まだ男は歩き続けた。
それでも、不思議に疲れることはなかった。

橋を何度も渡り、小さな集落をいくつも過ぎた。
低い山をふたつほど越えたところで、男は振り向いた。
「もうすぐですよ」
しかし、これまでと同じくらい男は歩き続けた

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『ダニー・ボーイを聴く日』

『ダニー・ボーイを聴く日』

彼と出会ったのは、小さな居酒屋だった。
その日は、会社の上司に誘われて飲んでいた。
誘われてとは言っても、もともとは私が相談事を持ちかけたのが始まりだった。
社内での人間関係が上手くいかずに、上司に応接室で話をした。
それが、就業時間の間際だったので、そのままもう少し話をしようということになった。

もし誘われれば、それもいいかなと思いながら飲んでいた。
上司にその気があったのかどうかはわからない

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『卒業写真』

『卒業写真』

私たちの頃は、みんなユーミンが大好きだった。
ユーミン、荒井由美、結婚して松任谷由美。
最近では、アイススケートの羽生結弦の演技で話題になったあのユーミンだ。
とにかく私たちの頃は、みんなユーミンが大好きだった。
ユーミンの歌を聴きながら、思ったものだ。
ユーミンみたいに恋したい。
私もそんなひとりだった。

だから、まずは頑張って彼を作った。
背が高くて、痩せ型で、少し内気な彼を。
そしてユーミ

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『青い傘』

『青い傘』

向こう側をご覧なさい。
若い男女が欄干に腕をのせて、川面を見下ろしています。
2人の後ろを大勢の人が行き過ぎます。
誰も、彼らを気に止めようともしません。
各々の目的地に急いでいます。
曇り空、今にも降り出しそうな天気ですから。
そんな中で、彼らだけが、小さな淀みのように動きません。
後ろ姿から見ると、歳のころは、20台半ば、あるいはもう少し上かもしれません。
川面を見つめながら話をする2人。

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『少年と花と少女』

『少年と花と少女』

少年は恋をしました。

毎日通る通学路。
その途中に小さな花屋がありました。
その花屋で毎日働いている女の子がいました。
少年よりも少し年上かもしれません。

毎日、花屋の前を通る時に流れてくる素敵な香り。
思わず中を覗き込みます。
すると、花から顔を上げた彼女と目があったのです。

毎日彼女と目を合わすのが楽しみでした。
彼女と目が合わなかった日は、早く寝ました。
早く寝れば、早く次の日になるか

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『明日の風』

『明日の風』

明日は明日の風が吹く
昨日誰かの胸に不安を掻き立てた風
誰かの頬の涙を乾かした風
誰かの夢を粉々にした風
地球の裏側の少女のため息
少年の手のひらに握りしめられた風
誰かと誰かの恋の炎を燃え上がらせた風
そして吹き消した風
誰かに道を踏み誤らせた風
はるか昔、決闘の場に舞い上がった一陣の風
誰かが誰かに何かを託した風
人類の初めてのささやきを運ぶ風
無人島の洞窟に置き去りにされた風
その重さに耐え

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『ワクチンあります』

『ワクチンあります』

幼い頃から病弱だった。
それはそれは、病気のオンパレード。1年のうち、起きて歩いている時間よりも、寝ている時間の方が長かった。

そもそも健康であった記憶がない。
幼稚園には結局ほとんど行けなかった。小学校、中学校も休みがちで、幼なじみと言えるような友だちもいない。
高校も何とか卒業して、地元の小さな金融機関に就職することができた。

そこでもあいかわらず病気の奴は見逃してくれなかった。
あらゆる

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