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『人生はわからない』

俺とあいつは幼なじみだ。
だが、幼なじみが必ず仲良しだと思ったら大間違いだ。
小学校の頃には、しょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をした。
そんなに喧嘩をするなら近づかなければいいのにと、大人からはよく言われた。
しかし、なぜか俺たちは近づいた。
お互いに静かに近づいて、ある程度の距離まで来ると、急に胸ぐらをつかみ合う。

さすがに中学に入ると、そんな喧嘩はしなくなった。
俺が野球部に入ると、あいつはサッカー部に入った。
あるいは、あいつがサッカー部に入ったから、俺は野球部に入ったのかもしれない。
俺が好きだという歌手をあいつは、みんなの前でけなした。
あいつが好きな歌手の写真を、目立つようにゴミ箱の一番上に捨ててやった。
体育祭のリレーでは、お互いにアンカーを譲らない。
当時赴任したての若い担任は、困り果てていた。
結局、その担任と競争して勝った方がアンカーをつとめる。
そいつは、陸上部の顧問でもあった。
結果2人とも敗れて、2番手、3番手を走らされた。

そんな俺たちだが、恋の相手は同じだった。
クラスの、いや学校のアイドル。
絶対に負けられない。

サッカー部の対外試合。
その日は、さすがに野球部の練習はできない。
俺たちが見学していると、彼女もクラスメイトと一緒に応援していた。
その前で、あいつはゴールを決めやがった。
しかも、憧れのバックボレーシュート。
あいつは、明らかに彼女に向かってガッツポーズをしている。
彼女の拍手を聞きながら、俺の顔はこれでもかと歪んでいた。

負けてはいられない。
次の野球部の試合。
俺は、顧問に掛け合って先発をした。
投球練習をしながら、彼女を探す。
いや、探さなくたってわかる。
彼女は友人たちと、胸の前で手を合わせて俺を見つめている。
さあ、試合開始だ。
だが、俺はボコボコにされた。1回を持たずにノックアウト。

だが、人生はわからない。

彼女は、試合後俺に手紙を渡してきた。
そこには、
「あなたを守ってあげたい」
何だか聞いたことのある歌詞のようだったが、俺は舞い上がった。
見てみろ。
俺は、あいつの前でわざとその手紙を読んだ。
あいつがしょげかえればしょげかえるほど、俺の顔は輝いた。
それは、青春が輝くことでもあった。

時は流れた。
望むと望まないに関わりなく、時は流れるものだ。
俺とあいつは今、丸いテーブルに並んで座っている。
結婚式の披露宴。
そのテーブルには、他にも懐かしい顔がいくつかあった。

明かりが薄暗くなり、会場は静まり返った。
新郎新婦の入場だ。
音楽とともに、ドアが開く。
まず、新婦にライトが当たった。
彼女だ。
続いて、新郎が照らし出される。
ああ、あれは、かつての担任。
2人が全力で走ってもかなわなかった担任だ。

俺とあいつはその夜、初めて肩を組んだ。
ふらつく足取りで叫んでいた。

「人生はわからない! 」


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