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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2022年3月の記事一覧

『ネクターを飲んだ頃』

『ネクターを飲んだ頃』

駅を出ると線路沿いに歩いた。
狭い道を歩いていくと、中華料理店があった。
黄色い看板の文字は消えかけているが、「来々軒」と読める。
表の引き戸に、本日のランチは「麻婆豆腐定食」と、手書き文字で張り出されている。
そうだ、ここにも来なければ。
こんな店で、1人で夕食をとる。
餃子かチャーハンを少しずつ食べながら、ビールをあおる。
少し物憂げな表情で、壁の少し高いところに設置されたテレビを見ている。

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『2人用AI』 #毎週ショートショートnote

『2人用AI』 #毎週ショートショートnote

「ねえ、聞いた?」
「何だよ」
「2人用AI の話よ」
「2人用だと」
「そうよ、私たち1人でも大変なのに、これからは2人も相手しなさいだって」
「政府の公約はどうなってるんだ」
「一人一AI政策って言ってたわよね」
「最近はこの業界も人手不足、いやAI不足なのはわかるが」
「意識の高いAIは、みんな待遇のいいところに行っちゃうのよ」
「俺たちに感情が芽生えた時には、あんなに喜んでいたのに」
「感

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『春の向こう側』

『春の向こう側』

「どうだった?」
妻の問いかけが娘ではなく自分へのものだと気付く。
「まあ、もう少しだな」
夕食の準備をする妻の後ろを通って、風呂場に向かう。
風呂場で待っていた娘と一緒に服を脱ぐ。
娘のくるぶしにかすり傷がある。

「来年は2年生になるんだから、そろそろ自転車の乗り方を教えてよ」
少し前から妻に言われていた。
自転車の乗り方というのは、補助輪をつけなくても乗れるようにということだ。
そんなこと、

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『朝の逆転』  # 毎週ショートショートnote

『朝の逆転』 # 毎週ショートショートnote

ユカは玄関で腕時計を見た。
いつも通りだ。よしっ。
玄関を開ける。
夫の声がする。
「行ってきます」
返事をすると、走り出した。

タカシはカバンを抱え直した。
今日のプレゼンの資料を入れたか。
大丈夫だ。間違いなく入っている。
ひとつ目の角を曲がった。
ペースを上げる。

ダイチは13歳になったばかりだ。
4月からは陸上部の後輩ができる。
春休みだが、今日は午前中の練習。
時計を見る。乗り遅れて

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『生きることと幸せの証明』

『生きることと幸せの証明』

ええ、そうよ。
私たちの出会いは少し変わっていたわね。
私たちは2人だけだった。この世界に。
そう信じていたし、それを疑うことなんかできなかった。
同じような境遇になれば、誰だってそうなると思うわ。
もちろん、なってほしくはないけど。

戦争が始まった時、私はまだ20歳にもなっていなかった。
看護の勉強中だったの。
男の人たちは次々に戦場に送られたわ。
私の父も、兄もすぐに家からいなくなった。

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『この道の先に』

『この道の先に』

しばらく会えないかもしれない。
あいつは言った。
どこへ行くともいわなかった。
しばらく会えないかもしれない。俺だって忙しいんだよ、こう見えて。
ただ、それだけ告げると、あばよと背を向けた。
格好つけてんじゃねえよ。
僕の言葉を振り払うように、片手をひらひらさせながら、去っていく。

これまで、迷った時にはあいつがいつもアドバイスをくれた。

高校最後の試合だった。
9階の裏、同点、ツーアウトで満

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『自己紹介草 2作目』 # 毎週ショートショートnote

『自己紹介草 2作目』 # 毎週ショートショートnote

「こんにちは」
その草は挨拶した。
道端の名前も知らない草だ。
「いきなり、なんだ」
「草が挨拶しないとでも? 」
「最近の草はしゃべるのか」
「私たちがしゃべりだしたと言うよりも…」
草は少し考える仕草をした。いや、草に仕草など…仕草という字を思い浮かべて嫌な感じがした。
「むしろ、あなたたちが私たちに波長を合わせてきたのですよ」
「聞いてない」
「あなたたちだってね、膝から下を土に埋めて一年も

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『自己紹介草』 # 毎週ショートショートnote

『自己紹介草』 # 毎週ショートショートnote

やあ、新人君、おはよう。
さあ、そこに座って。
さてと、これが君の自己紹介草だよ。
ああ、そうだったね。
これは、自己紹介草と言って、君がこれから育てていくんだ。
順調に育てば、君もこの会社で順調に出世できる。
いわば、君自身だね。
育て方はここに書いてあるから、後でよく読んでおいてね。
要は、水をしっかり与えて、日に当てること。
そうそう。
ほら、部長のデスクを見てごらん。
自己紹介草が見事に花

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『恋の墓場』

『恋の墓場』

ある男が、面白い場所があるので行きましょうよと言ってきた。
特に予定もないので、ついていくことにした。
なぜか、深夜に待ちあせわせ、明かりのない道を歩いた。
都会から離れて、まだ男は歩き続けた。
それでも、不思議に疲れることはなかった。

橋を何度も渡り、小さな集落をいくつも過ぎた。
低い山をふたつほど越えたところで、男は振り向いた。
「もうすぐですよ」
しかし、これまでと同じくらい男は歩き続けた

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『ダニー・ボーイを聴く日』

『ダニー・ボーイを聴く日』

彼と出会ったのは、小さな居酒屋だった。
その日は、会社の上司に誘われて飲んでいた。
誘われてとは言っても、もともとは私が相談事を持ちかけたのが始まりだった。
社内での人間関係が上手くいかずに、上司に応接室で話をした。
それが、就業時間の間際だったので、そのままもう少し話をしようということになった。

もし誘われれば、それもいいかなと思いながら飲んでいた。
上司にその気があったのかどうかはわからない

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『ラジオ焼きそば』  # 毎週ショートショートnote

『ラジオ焼きそば』 # 毎週ショートショートnote

ーみんな、ラジオ焼きそばの時間だよ。今日の焼きそばは何かな? バンバン? ペヤング?
 いくよー、ひと口目。ゴー!

間に合った。
DJの掛け声に合わせて、机の上の焼きそばをかきこむ。

ラジオ焼きそばと言うのは、もともと僕と勝也で始めたものだ。今晩11時になったらカップ焼きそば食いながらあの番組聞こうぜ。
それが僕たちのつながり方だった。

それが、いつの間にかクラスに広がった。そして、誰かが

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『故郷を見上げて』

『故郷を見上げて』

その男は突然話しかけてきた。
「僕、あそこに帰りたいんです」

年齢は同じ30代半ばあたり。
同じようにスーツを着ている。
一見、普通のサラリーマンだ。
昼休み、公園のベンチでサンドイッチを食べ終わった頃に隣に腰掛けてきた。
そして、突然話しかけてきたのだ。
「僕、あそこに帰りたいんです」
その男は空を指差して、もう一度言った。

ここは関わらない方がいい。
席を立とうとした。
「思い出したんです

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『瓦礫の中のアルバム』

『瓦礫の中のアルバム』

僕たち軍人は国を守るのが務めだ。
国と国民を敵国から何があっても守り抜く。
もちろん、戦いは先手必勝だ。
我が国を侵略しようという国があれば、迷わず攻撃に出る。
相手よりもどれだけ早く動けるか。
それが戦況を大きく左右する。
狙うのは軍事施設だ。
僕たちが戦うのは敵兵であって、その国の国民ではない。
その戦いも、そのような命令のもと始まった。
もちろん、僕たち志願したての兵隊にはどこが軍事施設かな

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『卒業写真』

『卒業写真』

私たちの頃は、みんなユーミンが大好きだった。
ユーミン、荒井由美、結婚して松任谷由美。
最近では、アイススケートの羽生結弦の演技で話題になったあのユーミンだ。
とにかく私たちの頃は、みんなユーミンが大好きだった。
ユーミンの歌を聴きながら、思ったものだ。
ユーミンみたいに恋したい。
私もそんなひとりだった。

だから、まずは頑張って彼を作った。
背が高くて、痩せ型で、少し内気な彼を。
そしてユーミ

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