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『生きることと幸せの証明』

ええ、そうよ。
私たちの出会いは少し変わっていたわね。
私たちは2人だけだった。この世界に。
そう信じていたし、それを疑うことなんかできなかった。
同じような境遇になれば、誰だってそうなると思うわ。
もちろん、なってほしくはないけど。



戦争が始まった時、私はまだ20歳にもなっていなかった。
看護の勉強中だったの。
男の人たちは次々に戦場に送られたわ。
私の父も、兄もすぐに家からいなくなった。
近所のお兄さんも、友達の幼い弟も。
いつも買いに行っていた、パン屋のおじさんも戦場に送られた。

送られたっていうのは、正確ではないかもしれない。
みんな喜んで出て行ったから。
国のために戦うことは、当たり前だとみんな思っていた。
家族も、自分の父を、夫を、兄を、弟を、笑顔で送り出した。
恋人たちも、手を振って別れた。

残された私たちは、懸命に働いたわ。
少しすると、出かけて行った男たちの戦死が伝えられ始めた。
誰の目にも、戦況がかんばしくないのはすぐにわかった。
ラジオでは、勇ましいことばかり流していたけど。

それで、私は、友だち5人で志願したの。
私たちだって戦えます、そう言って。
友だちは、連れて行かれたけど、私だけ残された。
その時の、少尉だったか中尉だったか忘れたけど、その人は言ったわ。
「お嬢ちゃんは、体が小さいから無理だね。もう少し大きくなってから来ればいいよ」
私は言ったの。
「これ以上大きくなりません。だから、今戦わせてください」

私は、看護婦として戦地に行くことになった。
最初は後方の部隊だった。
それが、少しずつ、前線の部隊に移っていった。
それだけ、負傷者が増えていったのね。
兵士も、看護婦も。
もちろん、死者も増えていたけど、死んだ人間の手当なんか、誰もしないからね。
その人の胴体に、千切れた腕とか脚を探して、重ねておくだけ。

そして、ついに私は最前線の部隊に追いついた。
その最初の夜、大きな叫び声とともに、戦いは始まった。
状況なんかわからなかった。
ただ、じっと耳を塞いでうずくまっていた。
誰かを助ける余裕なんかないわ。
私がいた建物も破壊されてしまった。
それでも、動かなかった。
じっと、瓦礫の下で冬眠している動物のように。

音が止み、誰の話し声も聞こえなくなった。
戦いは終わった。多分、もう深夜だったと思う。
私は動かなかった。
音のしない瓦礫の下で。
草木と皮と骨の焼け焦げた臭いを嗅ぎながら。
雪が降ってきた。
私は動かなかった。

雪が積もり。あたりはしんとした音だけになった。
わかるかしら。
積もった雪は、シーンとした音を出すのよ。
怖かったわ。
でも、私はようやく起き出した。
他には、誰もいなかった。
誰の名前を呼べばいいのかもわからなかった。

雪の中から、短い枝が何本も突き出ていた。
それにもたれかかった時、ビクッとした。
それは、空に向かって突き出した腕だったの。
引っ張り出した。
次から次へと、私は雪の中から突き出された腕を引っ張った。
みんな、死んでいた。
どの腕が味方で、どの腕が敵かなんて考えなかったわ。

中には、引っ張ると、腕だけが抜けて、胴体のないものもあった。
近くの雪を掘り起こして、胴体を探すと、その上に腕を置いた。
もし、死んだ後どこかに行くなら、腕がないと困るだろうと思った。

その腕を掴んだ時には、驚いたわ。
だって、握り返してくるんだもの。
弱い力だったけど、確実に握り返している。
生きていると思った。
私は、必死で掘り出した。
軍服が見えた。
敵兵だった。
そんなことはどうでもよかった。
顔が見えた。
ほっぺたを叩いた。必死で叩いた。

私は思った。
これが幸せでなかったら、幸せって何だろうと。
そして、この人を助けなければ、私はきっともう幸せにはなれないと。
その人を引きずって歩き出した。
その人は、私に引きずられながら、弱々しい声で言った。
「どうして、俺を助けるんだ」
私は答えた。
「私たちには権利があるの」
最近覚えた言葉が、なぜか出てきたわ。
「あなたには、生きる権利がある。そして、私には、幸せになる権利があるの」
もうひとつ、使い慣れない言葉が出てきた。
「証明しましょう」



これが、私たちの少し変わった出会いの話よ。
証明できたかどうか。
それは、あなたたちが考えることね。




※こちらの本のエピソードから着想を得ました。

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