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本についての徒然

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フランス革命に惹かれ、開拓期アメリカに導かれる

フランス革命に惹かれ、開拓期アメリカに導かれる

読書を習慣としていると、読む本読む本に連続して同じ単語が出てきたり、意図せず連鎖的に同じテーマの本を読み続けていたりする。

まずわたしに、鮮烈を与えたのは入院に際して持って行った幾冊か本にヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』が登場したことだった。

『レ・ミゼラブル』の存在は、前から知っていた。お気に入りの俳優エディ・レッドメインに釣られて映画館にも赴いたし、大学のキリスト教入門の授業でも取り

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正しい人の道は、夜明けの光のようだ

正しい人の道は、夜明けの光のようだ

あまりにも苦しく、何度も本を閉じながら、それでも決してその物語を手放すまいとすがりつくようにして読んだ西加奈子さんの『夜が明ける』。

高校生の「俺」は身長191センチのアキと出会う。普通の家 庭で育った「俺」と、母親にネグレクトされていた吃音のアキは、共有できる ことなんて何一つないのに、互いにかけがえのない存在になっていった。

大学卒業後、「俺」はテレビ制作会社に就職し、アキは劇団に所属す

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美しく躍動する生命

美しく躍動する生命

2019年に世界同時発売されたカズオ・イシグロの『クララとお日さま』。
この本をわたしはかれこれ4回読み返しています。

『日の名残り』、『私を離さないで』の流れを汲む作品で、病弱な少女ジョジーとAIを搭載した人工友人クララとの心の交流を描いています。カズオ・イシグロの描く子どもは大変美しく、躍動する生命を感じることができます。
たとえば、少女が家に人工友人のクララを招いたのには、親のある思惑が隠

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ぬるま湯がわたしを誰かと繋ぐ

ぬるま湯がわたしを誰かと繋ぐ

本ばかり読んでいると、日常のありふれた出来事に既視感を覚えることがあり、それがある小説の中の出来事だったと思い出すことがある。

日差しがだいぶ和らいだので、昼休みに外の喫煙所まで出て行ってたばこを吸うようになった。

大学生の頃、喫煙者であることを知らせずに付き合っていた元恋人と喫煙所で顔を突き合わせることになろうとは思ってもいなかった。

お互いの苦境を簡単に告げて、各々の場所へ戻って行く。も

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センス溢れる画家の荒々しい素描のような

センス溢れる画家の荒々しい素描のような

ゾエ・イェニー「花粉の部屋」は、ドイツ語圏の文学賞を独占した繊細で果敢な作品。

幼い頃、父と母は離婚し、母は新しい恋人と海外へ、父もやがて再婚していく。

娘を顧みない子供のような親、抵抗の術を知らない子供。

少女ヨーの子供時代と母の元で過ごした短い季節が淡々と描かれる。

ヨーは親に期待せず簡単に捨てられる。この安易さが家族の<今>なのだろうか。

壊れ切った家族への切実な思いが感情を殺した

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すべてのワインを味わう必要があります

すべてのワインを味わう必要があります

アイルランドの女子大生、ブリーダの英知を求めるスピリチュアルな旅。

その旅を導くのは、2人の師。
恐怖を乗り越えることを語らずとも教える魔術師の男と、魔女になるための秘儀を伝授する女。

2人から特別な力があると認められているブリーダだが、自分の道は自分の手で切り拓かねばならない。
実世界との結びつきと、刻々と変わる自分自身との狭間で、彼女の心は揺れる。

現実とファンタジー、現在と過去を行き来

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それは白く、楕円形で、指先で割ることのできる小粒の錠剤だ

それは白く、楕円形で、指先で割ることのできる小粒の錠剤だ

フランス文学にはまっている。
入院中に読み始めた『レ・ミゼラブル』から始まり、先日のパトリック・モディアノ、そしてミシェル・ウェルベック。

『セロトニン』は、キャプトリクスという幸福物質とも呼ばれる神経伝達物質「セロトニン」を増幅させる錠剤の説明から始まる。

曰くそれは、「白く、楕円形で、指先で割ることのできる小粒の錠剤」である。

主人公のフロランにとって、親の世代の所謂"幸せ"は既にはるか

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不確かな現在、そして曖昧な記憶の断片

不確かな現在、そして曖昧な記憶の断片

本は断然買う派なのですが、今は収入がないので買えずにいて、積読を消化していくか図書館に行くかして、どうにか本を読んでいます(なんだかおかしな表現だけど)。

図書館でふと手に取った一冊からパトリック・モディアノの『地平線』について。

記憶というのは随分、都合が良く、かつ曖昧なものだ。

ある時、何がしかのきっかけで不意にいつかの取るに足らない記憶の断片が、脳裏に過ぎることがある。

恋人とよく訪

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モンゴルの地平線とブータンの渓谷

モンゴルの地平線とブータンの渓谷

ネタが好き、容姿が好き、トークが面白いと言ったことではなく、一人の人間として、他人ならざる人として、好きなお笑い芸人さんがいる。

オードリーの若林正恭さん。
みんなが当たり前に過ごす日常に、小さな「何で?」という疑問を抱え、悩んでいる人。

閉鎖病棟への入院にあたり積読本の中から、
若林さんの『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』を持って行った。

若林さんの旅行記であるが、キューバを訪れ

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みんなわかってるんでしょ?だったら、現実を見なくちゃ

みんなわかってるんでしょ?だったら、現実を見なくちゃ

長崎出身の日系イギリス人、カズオ・イシグロの「私を離さないで」。

優秀な介護人として、「提供」を行なう患者の世話をするキャシー。

キャシーは介護人として各地を回っていくうちに、自身の出身地であるヘールシャムのことを回顧するようになる。

学生時代のキャシーには、癇癪もちで心優しいトミーと見栄っ張りで活動的なルースという二人の友人がいた。

彼らと過ごした不思議な学生生活と、そこに隠された秘密を

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もうすぐ夜が明けます

もうすぐ夜が明けます

美しく端麗で、それでいて素朴な文章を書く須賀敦子に惚れ込んではや数年。

彼女は、20代後半〜30代までイタリアで過ごし、戦時中もカトリック系の学校に通い後にキリスト教に入信した女性だ。

1954年のペルージャでイタリア語を学んだという。

イタリアと言えば、ローマやミラノ、ヴェネチアなど華やかで歴史的な建物の並ぶ世界随一の観光地だ。

そんなイタリアで過ごした彼女の書く文章の中のイタリアは、世

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夢と詩があって人生、詩と夢があっての文学

夢と詩があって人生、詩と夢があっての文学

岩波文庫の日本近代短篇小説選の中から一つを読むのが毎晩の習慣となっている。
今日は大正篇から宇野浩二「屋根裏の法学士」を読んだ。

作品の最後によれば、主人公の三作は「この世を軽蔑」したために「この世」から「軽蔑」し返されたのだという。

つまり、三作の低迷の原因は、「この世を軽蔑」したことにある。

彼の母に象徴される第一部を見ると、少年時代の三作がどのように過ごしてきたか窺うことができる。

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現在は過去と未来との間に画した一線である

現在は過去と未来との間に画した一線である

石炭をばはや積み果てつ。

この一節から始まる森鴎外の『舞姫』。
サイゴンの港へ着き、日本へ帰る準備は終わった。
ドイツでの出来事は全て終わったのだという願いにも近い思いが読み取れる。

客室には自分一人しかおらず、白熱灯の光が虚しい。
そんな客室で、豊太郎の心は沈んでいる。

この客室は、豊太郎を回想へと誘う空間である。誰もいない客室で一晩、豊太郎はベルリンでの日々を振り返る。

豊太郎は、5年

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するだけのことはしなければ、死んでも死なれぬ

するだけのことはしなければ、死んでも死なれぬ

遊女が街行く男性たちに声をかける冒頭は唐突で、読み進めて行く途上で自分の中で情景を作り上げていくようだった。

樋口一葉の『にごりえ』は、彼女の代表作『たけくらべ』よりも、複雑な作りになっており、その複雑さがこの作品をより人間らしくしていると思う。

物語の中で語り手が不鮮明なことも、登場人物の姿をより鮮やかに感じさせる一因であろう。

物語の舞台は、丸山福山町の銘酒屋街。
銘酒屋街とは、酒屋や小

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