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目を向けたら無視できない
私がアートディレクションで携わっている杉田氏の個展。
12月から入れ替えるアートの部に展示する作品に使用するために、助手としてゴミ拾いに行ってきました。
ゴミを使ったアートを展開したい。
何をしたいのか、という問いに対して、制作するための道筋を見立てたり、それらの事象の為に夢中になって取組む、という行為は、私にとって日常茶飯事なので。
是非やりましょう!!!!!
という事で、お手伝いも二つ返事
制作という名の生み出す行為
突然だが、私は子供を産まないという選択をした人間だ。
もちろん、最初からそんなことを決めていたわけではなく、子を産み育てていきたいという願望は、どちらかと言えばかなり強い方だったと思う。
女という生き物に生まれたからには、自分の体から生き物が生まれる様を味わってみたいと思い、普通の結婚生活を送ろうとしたこともあったが、結局「絵を描いて生きていきたい」という夢には叶わず、普通の人としての人生を送
愛をもって愛を制す。信じてきたものの答え合わせ。
誰しもが何時だって、自分なりの正義をもって生きていると思う。
私にも自分なりの正しい基準や、これだけはしない、というルールがあって、ある程度そのラインを守りながら生きている。
とはいえ、何が本当の正解かなんてわからない。
それなりに人を傷つけてきただろうし、自分自身も沢山傷ついてきた。
それと同時にかけがえのない幸せな時間もあったし、そう思える時間を共有できる人たちに出会えた事は幸運で、と
拝啓、見られることが怖かった過去へ。
誰しも憧れのビジュアルというものがあると思う。
私の場合は、日本人離れしたパッチリ二重の顔に、天然パーマの茶色い髪の毛を二つ結びのお団子ヘアにした、そんな幼馴染の容姿が幼い頃の憧れだった。
憧れに対して私の見た目は、奥二重(見た目ほぼ一重)の完全な日本人顔で、黒くてまっすぐな髪の毛は、かわいいヘアアレンジをしようとしても、スルスルと解けてしまうので、大体いつもおかっぱ頭だった。
決して破滅的
変われるものと変わらぬもの。絵を描く私の根源の話。
コロナの問題が完全には落ち着かない中、緊急事態宣言が解除され、ひたすら自粛するモードから、また少し世の中が変わり始めた。
様々な業種で営業形態が変わり、コロナ前と全く同じではなくなった世界で、誰もが変革を求められている。
時の流れに合わせて、もしくは逆らって、人は常に変化をしていく。
今回の出来事で、多くの人が同時に変化せざるを得ない事態になったわけだが、大きく変わった環境下で、それに対応し
出来る事が仇となる。絵を描く私の盲点の話。
私はどちらかというと、職人気質である。
様々な画法や技術を習得し、自分なりの表現に変えて活かす。
出来る事が多ければ多いほど仕事の幅も広がるし、依頼に合わせて制作する事に何の苦も感じた事がない。
どんなものを表現しても私の個性は出るし、それが例え自分発信の表現でなくても私の作品に変わりない、と、その事に疑いを持った事は殆どなかった。
実際それで今まではよかったのだ。
描きたいテーマが
完全な自由への恐怖。絵を描く私の時間への考え方。
フリーランスでお仕事をするというのは、ある意味とても自由だ。
起きる時間も働く時間も寝る時間も自由で、人と約束をしない限り、自分のペースで仕事をする分には、誰にも迷惑をかけず好きに時間を使える。
だが、自由は時に恐怖だ。
特に自分の頑張りで仕事の有無まで左右されるフリーランスは、ゆったりとした時間を過ごすこと自体に罪悪感を感じる事すらある。
「こんな時間を過ごしている間に仕事が生まれたかも
進化の時。絵を描く私の意識改革の話。
緊急事態宣言が解除された。
世の中は活気を取り戻しつつあるけど、まだまだ油断できない今日この頃。
時々、どうしようもなく行き詰まりを感じてしまう事はないだろうか。
今まではこのやり方でうまくいっていたのに、むしろ今も失敗しているわけでもないのに、なんだか違う、と思う時。
私は、そんな感覚を2週間前に感じてから、制作が思うように進まなくなった。
いつも通り、やりたい事をやっているのに、心がウ
自分や他人の違い。絵を描く私の個性との付き合い方。
いきなりだが、私は自分の生き方や考え方は、突飛なものではなく、ごく普通なものだと思っている。
それを個性的と思うか一般的と思うかは、大概他人が決める事だ。
「一般的」という概念も人によって違うが、考え方としては、大多数と同じものを一般的と評すると思う。
同時に、今まで生きてきて当然のようにしてきた選択肢など、それを選ぶことに迷いがなかった場合、これも普通の事と自分では思うものだ。
自分で自
孤独と共にある。絵を描く私の生き方の話。
今回のコロナ問題で、日本全体が外出自粛をして、誰もがとにかく家にいるのが当たり前という生活が続いている。
とはいえ、実は私の生活は今までとほとんど変わっていない。
というのも、今年の初めから家で制作をする生活だった私は、基本的には人に会わず、家の中にいる時間がほとんどで、たまにお仕事相手の方との打ち合わせだったり、会いたい人に会うことがあるかな?という日々だった。
もし明日自粛生活が明けても
長い遠回りから見えた世界。絵を描く私のこれからの話。
長い長い道のりを経て、大胆にも「女版ピカソ」を目指すと決めて、自分が目指す未来はどんなものなのかを順番に考えて、少しずつ行動にしていく中で、私の身体に再び異変が起こった。
一人で生きると決めてもなお、どこかで子供は産みたいと思っていた。
卵巣嚢腫を経験して、一度女性としての機能を失うリスクを経験して、だから余計に、女という生き物である自分に執着した。
遠くない未来に、女性としての機能は完全な