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「反戦」にひそむ「ポル・ポト」 ジェーン・フォンダの場合

今月88歳で亡くなった俳優、ドナルド・サザーランドの追悼の最中に、ジェーン・フォンダの映像をたくさん見てしまった。

それで、また、いろいろと考えてしまった。


ジェーン・フォンダも86歳。元気だが、もうそんなに長くはないだろう。

わたしも追悼の「予定稿」を準備しておこう。



ジェーン・フォンダとドナルド・サザーランドは恋人同士で、一緒に1970年代初頭、ベトナム反戦運動をやっていた。


ジェーン・フォンダは、1972~3年には、当時アメリカの敵だった北ベトナムに行って反戦を呼びかけ、「ハノイ・ジェーン」と呼ばれた。

年長のアメリカ人からは、ジェーン・フォンダはいまだに「国家の裏切り者」扱いされている。

「HANOI JANE」当時のニュース映像


このころのジェーン・フォンダの姿を改めて見ると、彼女こそがその後の「左派活動家」のスタイルを作ったのは間違いないと思う。

ハリウッドで、バーブラ・ストライザンドとか、スーザン・サランドンのような活動家を生んだだけではない。

同時代の日本の「べ平連」と重なるのはもちろん、中山千夏や、落合恵子、そして現在の上野千鶴子までつながる女性活動家の祖に思える。


「べ平連」のヘルメットをかぶったジェーン・フォンダ(ベトナム反戦ドキュメンタリー「FTA」より)


ジェーン・フォンダはアカデミー主演女優賞を2度とった。(1971年の「コールガール」と1978年の「帰郷」)

しかし、1970年代の政治活動家としての彼女と、1980年代の「エクササイズ」インストラクターの彼女こそが、歴史を変えたと思う。

(女性がレオタードを着て室内で運動し始めたのは、ジェーン・フォンダの1982年のビデオからだった)

(あと、スピーチに手話通訳をつけるスタイルも、たぶん彼女の1978年度アカデミー賞スピーチから広まった)



もちろん、反戦運動には、それ以前からの長い歴史がある。

ジェーン・フォンダが何を変えたか、それを言うのは難しいが、「市民」としての政治活動の在り方を広く示したといえるだろう。

それまで、政治活動は「党」に入っておこなうのが基本だった。しかし、「党」とは関係なく、選挙以外の政治活動ができるし、すべきである、と教えた。

それも、特定の人種や階級の利害ではなく、「反戦」「反核」といった、人間ならだれでも関心をもつべきテーマを訴えた。

それは、2番目の夫(ドナルド・サザーランドと別れた後の1973年に結婚)の活動家、トム・ヘイデン(1939−2016)の「新左翼 New Left」概念を実行したものでもあった。


もちろん、そうした「市民的反戦運動」も、ジェーン・フォンダ以前からあった。「べ平連」にしても、1960年代半ばに生まれている。

しかし、1968、9年がクライマックスだった、と言いたがる「60年代主義者」とはちがって、わたしは1970年代のほうが重要だったという意見をもっている。



ジェーン・フォンダのようなセレブが、警察に逮捕されることをおそれず、市民的抵抗、市民的不服従の姿勢を広くひろめた功績は大きい。

ジェーン・フォンダが1970年に逮捕されたときのいわゆる「マグショット」(Jane Fonda Explains the Real Stories Behind Her Most Iconic Moments /Glamourより)


女性に政治的勇気を与え、とくに先進国で、社会的不平等を是正する大きな力になった。

それは掛け値なく、社会的な「革命」だったと思う。


だが、いっぽうで、「副作用」も大きかった。

1960年代で終わっていればよかったものを、1970年代以降まで継続させたことの「罪」が、ジェーン・フォンダにはある。



「反戦」や「平和運動」には、つねにさまざまな裏の顔がある。

1970年代で言えば、「ベトナム反戦」は、東側を利したとともに、アジアで当時進行中だった中国の文化大革命や、やがて来るポル・ポト革命などへの評価を甘くした。

それらは、いわゆる毛沢東主義そのもの、あるいはその影響を受けたものだった。


「ベトナム反戦」で、資本主義の親玉アメリカを巨悪の根源とした以上、そしてソ連の権威も落ちていた当時、それに対抗する中国のマオイズムが輝くことになった。

当時の「意識高い系」の人びとの、毛沢東への崇拝はすさまじかった。

これは、いまではとても想像できないだろう。

その「造反有理」思想は、現在の「ポリコレ」の起源でもある。


ジャン・リュック・ゴダールやジャン・ポール・サルトルなど、当時の知的・文化的カリスマが、毛沢東をこぞって支持した。

ボルシェヴィキ革命を批判していたバートランド・ラッセルも、毛沢東とは融和的で、最晩年(1970年死去)はベトナム反戦に唱和した(晩年のサルトルもラッセルも、毛沢東主義者にコントロールされていたという説がある)。

わたしの子供のころは、田舎の小さな書店でも「矛盾論」や「実践論」など毛沢東の本を置いていた。1970年代に刊行された講談社の「人類の知的遺産」シリーズには、アリストテレスやデカルトと並んで毛沢東が入っていた。

その影響は、YMOの1979年のレコードジャケットにも及んでいる。


その毛沢東主義者たちが、「ベトナム反戦」になだれ込んでいた。

ジェーン・フォンダらのベトナム反戦運動記録映像の中でも「Free the Albanian(アルバニア人を解放せよ)」と叫ぶ人が映っていた。

もうほとんどの人は忘れただろうが、当時のアルバニアは猛烈な毛沢東主義の国で、そのせいでその後、ヨーロッパの最貧国に沈むことになる。


その間、1976年までの毛沢東の文化大革命で、1000万人以上が死んだと言われる。

それを引き継ぐように1976年から始まったカンボジアのポル・ポト革命(毛沢東主義を忠実に実行したもの)では、数十万から数百万の人が虐殺された。


それを「ベトナム反戦のせいだ」と言うと飛躍だろうが、明らかに関連はある。

それは、輝かしい「ベトナム反戦運動」の、巨大な「裏面」なのである。



先週はノーム・チョムスキーの誤った訃報も流れたが、チョムスキーも、ポル・ポトに甘かったことで責められている。

本多勝一ふくめ、「ベトナム反戦」に乗っかった日本の文化人たちと同様に。

元朝日記者の稲垣武が要約しているとおりだ。


「日本では戦争反対を叫ぶくせに革命を賛美する文化人が少なくないが、民衆の犠牲という点から見ると、戦争より革命の方が大きいのである。ロシア革命以後、内戦や粛清、さらに農業の集団化のためにスターリンが起こした人工的飢餓、富農撲滅などで何千万人が死んだのか、正確な数字は不明だが、第二次世界大戦の死者より多いことは確かである。
 最近の例では、カンボジアの民衆虐殺がある。ポル・ポト派はベトナム戦争での死者の何倍にも当たる三百万人も殺している。」
(稲垣武『朝日新聞血風録』文春文庫、p60 初版は1991年)


ポル・ポト革命の犠牲者が、ベトナム戦争の死者の「何倍にも当たる」というのは(現在の調べでは)誇張だが、文化大革命とポル・ポト革命の死者数を合わせれば、ベトナム戦争のすべての死者より多いのは確かだ。

しかし、反「文化大革命」運動も、反「ポル・ポト革命」運動も、西側ではほとんど起こらず、むしろそれら「革命」を歓迎するムードだった。

(それどころか、マスコミも文革側に立って「反革命分子」を取り締まった。解同の「糾弾」や言葉狩りも同時期で、まさにポリコレである)


同時代のアジア人大虐殺への「共犯性」。

このことは、マスコミが1960年代や70年代の「学生運動」や「反戦運動」「平和運動」を振り返るとき、ほとんど触れられない。

アメリカのリベラルも、日本の主流マスコミも、いまだに「ベトナム反戦」気分で世界を見ている。


(上野千鶴子は最近も「平等に貧しくなろう」と言っていたが、毛沢東主義そのものである。上野が中国で流行るのは当たり前だ。金持ちを殺してみんなで農業をやれば差別はなくなる、というのがポル・ポト革命だった。そういえば、福岡愛子の『文化大革命の記憶と忘却-回想録の出版にみる記憶の個人化と共同化』<新曜社、2008年>という本は、文化大革命を肯定的に見る中国人もいることを教えてくれたが、もととなった論文の指導教官は上野千鶴子だった。「文化大革命にもいい面はあった。全否定されたくない」という底意が読めた。まあ、ポル・ポト革命を懐かしがるカンボジア人もいる。それも歴史の一面ではある)



ジェーン・フォンダが、ベトナム戦争の死者や、米軍での人種差別に同情心を持っていたのはたしかだと思う。

しかし、彼女が文化大革命やポル・ポト革命の犠牲者に言及するのは聞いたことがない。


80歳代になっても彼女は意気軒昂で、最近はグレタ・トゥーンベリに連帯して「地球環境保護」運動をやっている。


彼女が人生を振り返っている動画を見たが、「政治活動は、私の人生を退屈から救い、引っ込み思案だった私を変えてくれた」と語っていた。

Jane Fonda Explains the Real Stories Behind Her Most Iconic Moments | (Glamour 2022/5/6)


動画の最後では、

「(政治的な)行動主義は、あなたの気分を持ち上げてくれる。落ち込んだ気分も吹き飛ばしてくれる」

と政治活動を呼びかけている。

彼女にとって、政治活動も「エクササイズ」のようなものか、と感じた。



<参考>



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