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スキのなかのスキ記事

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#短編小説

落日

落日

 甲高い銃声と爆発音が絶え間なく鼓膜を刺激する。戦場は私から「普通」を奪い去った。
 ここに安全な場所は少ない。基地の古びたコンクリートの冷たさだけが命を保証してくれる。普通の人間でなくなった私は眠くなっていた。

 「貴様ら。賭けポーカーをしたな。罰として今晩は基地周辺の警戒任務にあたれ!」
A大佐の部屋から怒号が聞こえる。

 静まった後、私はしばらく冷えた廊下で横になっていた。すると知らぬう

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寝る前の2時間は、彼との時間。【短編】

寝る前の2時間は、彼との時間。【短編】

22時から24時の間。
この2時間が、私と祥太の時間だ。

私は祥太との時間を1秒も減らさないように、ご飯、お風呂を全部済ませてしまう。そしてベッドの上に座って、22時を迎える。
そして祥太との時間を2時間たっぷり過ごし、24時に「おやすみ」を言い合って眠りにつく。それが私の日課。

毎朝6時には起きなきゃいけないから少し眠いけど、祥太のためなら頑張れる。それくらい私は彼が大好き。だから全然平気だ

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『永遠より長いキス』

『永遠より長いキス』

 ベッドに寝転ぶ彼女と長い長いキスをして、その間に僕は“永遠”を感じていた。いや、もしかすると永遠より長いのではないかと思うくらいずっと、ずっとキスをしていた。
「んはっ」と息継ぎをする彼女の唇と美しい瞳が僕の前で揺れる。唇の脇から溢れそうな彼女の──あるいは僕の唾液を、彼女の舌先が絡め取る。

「ちゅーするの、気持ちいいね。私、永遠にできちゃいそう」

「んん。僕もだよ。ずっとしてたい」

あれ

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愛の学校のはじまりとおわり

愛の学校のはじまりとおわり

 男は愛を知らなかった。内陸の土地で生まれ育った人間が海を知らないように。残念ながら、男が産まれてこのかた、愛が男の身近にあったためしがなかったのだ。それを見たことも、それに触れたこともなければ、それの匂いを嗅いだことも、それを味わったこともなかったのだ。海を知らない人が、海の広さや、その冷たさや、波の感触や、その塩辛さを知らないように。あるいは、説明をされたことはあって、言葉としては知っていたと

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メランコリー・ルーム

メランコリー・ルーム

 結局のところそれは自己防衛に過ぎなかったのだが、世界が完璧にメランコリーに見えていた時分があった。決まる気配のない定職を見かねて愚痴る母親も、自由業に好奇と羨望と軽蔑を等しく向ける過去の友人も、大型書店に並ぶ大成した経営者が著したハードカバーも、ちっともいいねが付かないアーティスト気取りのTwitterアカウントも、全部だ。全部がモノトーンで、無機質で、陰鬱な様相を呈していた。



 そのこ

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我儘

我儘

自由を望みながら

少しの束縛と嫉妬を期待する

自身にお金をかけながら

人肌が恋しいと眠る

好きではないと知りながら

いつまでも手放せずにいる

素直が一番美しいと知りながら

プライドを固めて生きている

私が私であることを願いながら

誰かのものになるいつかを想像する

我儘な自分を命がけで愛していく

誰かの我儘になりたいとほんの一瞬よぎったけれど

小説|透明な画家

小説|透明な画家

 その画家は、幼い頃に生き別れた親の顔を知りません。両親は透明だったからです。画家も生まれつき透明でした。透明な彼を街の人たちは怖がり、絵は売れません。透明な画家は孤独でした。

 両親と離れ離れになったのは戦争のせいです。幼かった画家は透明だから生き延びられました。戦後、飢えないために画家は考えました。孤独なのは自分だけではない。戦争は多くの孤独を生んでいたからです。

 大切な人に会える。そう

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一度は手放してしまえばいい

一度は手放してしまえばいい

その人にとって大切なものは
必ず別の形で再び手元に戻ってくるもの。

そう考えながら、
日々ものごとと向き合っている気がします。

ものに取り囲まれてばかりでは、
何が大切なものかなんて
本当はわからない。

だから、
一度は手放してしまったほうがいい時もある。

どれほど大切なものだと思っていても、
手放してしまうことで、
本当に自分にとって価値あるものだったは
その時にこそよくわかるものですか

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幸福日和 #087「道草からの眺め」

幸福日和 #087「道草からの眺め」

こうして孤島で生活をしている僕は、
働いてもいないし、世間から見れば、
完全に「脱線した人」に
見えてしまうのかもしれません。

そもそも、人生の脱線とはなんだろう。
人生に明確な道なんてあるのだろうか。

そんなことを考えたりもします。

労働市場でキャリアアップが叫ばれ、
世間体というものが意識される世の中。

時には、
脇道にそれながらも他人が眺めることなどできない、
自分だけの絶景をながめ

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感情の中を泳いでゆく

感情の中を泳いでゆく

感情って不思議ですね。

いつもと変わらぬ同じ空を眺めながら、

昨日はあれだけ感傷的になっていたのに、
今日は、一変して穏やかな気持ちなんですね。




目の前で満ち引きする波のように。

また青空を流れてゆく雲のように。


人の感情も、その時々で変化をし移りゆくもの。

そう、あらためて感じます。



明日、自分が何をどう考えているかなんてわかりませんし、
来年の自分がどう思いながら海を

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輝きつづけるために

輝きつづけるために

自分の内側にある本質を
偽りなく形にすること。

それって、
簡単なようでなかなか難しい。

やはり人間だから、いいようにも見られたいし、
過剰に自分を表現してしまうこともあります。
気がつけば、
ついつい背伸びばかりをしてしまってる。

よく考えれば、それは身の回りの
多くのものもそうなのかもしれません。

お金の価値は素材そのもの価値ではなく
信用の形にすぎないし、
街に溢れている広告のイメー

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意識の檻から放たれて

意識の檻から放たれて

外からきこえてくる鳥のさえずりに、
穏やかな目覚めの朝を迎えました。

窓をあけて空を眺めると、その鳥の群れは、
孤島の上空をのびのびと旋回し、
やがて遥か彼方へと羽ばたいてゆくのでした。

思い思いに、伸びやかに、
自分の意思で羽ばたきながら、
一つの場所にとどまらず、世界に羽ばたいていく。

なんて自由で豊かな生き方だろう。

羽ばたいていく鳥の姿を眺めていると
いつも思うことがあるんです。

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