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咳をしても一人、ということ

咳をしても一人、ということ

 痰の絡んだ咳が出る。特に起き抜けは乾燥していて、どこかの近所の窓から聞こえてくるおじさんの「カハッコホッウェッエエエッホン」みたいな豪快な咳が続く。

 遂に先週、「ヤツ」に感染してしまった。いつかは来ると思っていた。インフルエンザの季節にはインフルエンザに、胃腸炎が流行ればもれなく胃腸炎に、流行病には必ずと言っていいほどやられてきた自分なのだから、きっと今回も避けられないだろうとは薄々感じてい

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雑記:小説講座と小説写経

雑記:小説講座と小説写経

アマチュア物書きは孤独だ。

何を書いても、それであっているのか、おもしろいのか、突破口はどこにあるのか、誰も教えてくれない。書きながら「いったいどこがおもしろいんだよ!」と頭を抱えることがよくある。同時に「これはおもしろいものが書けそうだ!」とやたら高揚していることもある。しかし、それを共有する相手はいない。自分で書きながら、自分で向き合うしかない。孤独な作業だな、と思う。

noteのように、

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漕ぎ出そう、湾の外へ

漕ぎ出そう、湾の外へ

街だと思っていたものはいつのまにか消え失せていて、目の前には砂浜が広がっている。砂浜は湾になっていて、大きく弧を描いている。海を囲む湾の端と端には壁のような岩がそびえ立ち、見通しが悪い。湾の出口の左右の壁のせいで、海が小さく切り取られたように見える。

波打ち際にボートを浮かべる。湾の外、広い海に漕ぎ出して、同じように海を探索するボートと肩を並べて進むため。そして、自分の知らないどこかの地に住む人

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金ちゃん

きんちゃん

ごめんね

きみのことなんて

ぜんぜん好きじゃなくなったの

オレンジを

潰したことがある

地面に落として

うっかり踏んだ駐車場で

とりかえしのつかない

あれも経験のひとつ

輪郭がくずれてく

オレンジ色から繊維みたいな白い筋があらわになって

ああ

水が臭いな

夏の水槽で

空気ポンプがむだな仕事

ごめんね

きんちゃん

ごめんね

きんちゃん

白濁したオレ

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【掌握小説】坂道と青白い人

【掌握小説】坂道と青白い人

そのマンションは、天井川の堤防に向かう急な階段に沿って建てられていた。沿ってというよりは並んでが正確なのだろうが、5階建てのマンションの1階から3階の高さまで上っていく堤防の階段は、遠くから見るとマンションの外階段のように見えた。

天井川は、新しい川ができた後も切り下げられずに公園として整備されたので、堤防は以前の高さを保っている。堤防の上は、サイクリングロードを兼ねた歩道として利用されているが

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「音楽葬」、やってみた

「音楽葬」、やってみた

今年1月、父を「音楽葬」で弔った。

音楽葬を選んだ理由については、こちらをどうぞ。

アラフィフともなると、葬儀に参列した経験はなんどもある。親族、ご近所、仕事関係、子どもの学校関係。これまで私が参列したのはどれも「宗教葬」で、僧侶の読経が必ずあった。「お葬式」と聞いてだれもがパッと思い浮かべるような、一般的な式である。

父を「音楽葬」で弔うと、葬儀の参列者や事後報告をした親戚・友人たちから、

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世の中には二種類の人間がいる【日記】

世の中には二種類の人間がいる【日記】

 障害者福祉施設で利用者を殴って死なせた男が逮捕された、というニュースを、障害者福祉施設の利用者の部屋のテレビで見る。
 この手のニュースは、福祉の仕事に関わる前から苦手だった。
 酷い。あまりに理不尽だ。何故そんな奴が福祉施設で働いているのか。理解できない。被害者の痛みや苦しみと、周囲の人間の心痛を思うと涙が出る。そして理解不能な加害者に対して恐怖を感じる。

 福祉施設で働くようになってからも

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文章_夜

文章_夜

「なんだか今日は感傷にでも浸りたい気分だなあ」

と思う帰り道がある。

こういう時に帰るのは、独りの家でなくてはいけない。

このまま映画館に行くのでもいいのだが、そんな元気も無い。
時間と金と労力を引き換えに「疲労」を頂くようなものです。

そんな時は大抵、セイユーで酒とチョコレートでも買っていく。
カルーアリキュールと、おいしい牛乳をカゴに入れる。

それだけでも少し満足したような気持ちにな

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こたつから出てこない娘と手をつなぐ

こたつから出てこない娘と手をつなぐ

ある日、私が鼻歌を歌いながらリビングへ行くと、さっきまでアニメ映画を見ていた娘のハトちゃんの姿がなかった。無印良品の「人をダメにするソファー」は、人の形にへこんだままになっている。

「ハトちゃーん!どこー?」

と声をかけると、コタツの中あたりから気配がする。そして、ズビッズビッという鼻を啜る音。

「どうしたー?」

と言いながら、テレビ画面を振り返って見ると、たった今まで見ていた『カールじい

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「午後ティー」の功罪

「午後ティー」の功罪

思えば子どもの頃から、疑似恋愛の多い人生でした。恋に恋してうっとり、そしてそんな自分にうっとり。同級生から先輩、芸能人、漫画や小説の登場人物。相手は男性とは限らず、好みのルックスであれば女性でも気にしません。女子バスケット部のクールなあの子、素敵でしたもの。

この週末、バイクの後ろに乗せてもらうと疑似恋愛ができるんよと友人と語り合い、大笑いしました。タンデムシートは恋の入り口。運転手の背中に密着

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コンセプトのつくりかた

コンセプトのつくりかた

Wiiの産みの親、玉樹さんのご著書「コンセプトのつくりかた」の読書感想文です。

要約前提・コンセプトの定義

「いかにしてWiiという商品が考え出されたのか?という切り口で考えて頂くことも可能ですが、それはあくまできっかけにすぎない」と玉城さんは言います。
コンセプトとはもっと大きなもの。

なぜ私たちはこの本を手にとっているのか?
(本の中でこの本を手に取るきっかけの具体例を交えながら)共通し

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ひとり暮らしをして初めて気づく「買わないと、ないもの」

ひとり暮らしをして初めて気づく「買わないと、ないもの」

実家というところには、なんでもある。

もちろんいろんな家庭環境があり、賛否両論のある話題だとは承知しているが、少なくともわたしの実家はそうだ。特に、祖父母同居の三世代暮らしだったこともあり、古いものやら便利グッズやらが、家の中にわんさか置かれていた。

だから、ひとり暮らしをすることになったとき、「物のない暮らしになるんだろうな~(実家比)」と考えたのは、必然だ。
祖父しか使わない酒器(日本酒用

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あなたへ #あなたへの手紙コンテスト

あなたへ #あなたへの手紙コンテスト

あなたへ

 あなたは今どこで何をしているのでしょうか。あなたがどこに住んでいるのか分からないので、そちらの季節が分からなくて時候の挨拶ができません。なので、勝手に私の話から書き始めようと思います。

 私が住んでいるところはすっかり冷え込む季節になりました。毎朝布団の中で縮こまって目を覚まします。恐る恐る足先を外に出して、またすぐに布団の中で丸くなります。寒い季節になると朝起きることが、それはも

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おはよう。

おはよう。

担任の先生は優しくあるべきで、両親は僕の人生に不用意に干渉してはいけないはずで、アイツは僕をいじめたりしてはいけないはずだ。そう思いながら僕はいつも通り筆を持ち、ノートに絵を描き込む。

毎日、その日の中で記憶に残った人の姿を絵に残すことにしている。真っ黒な空をたまに見上げながら、夜風に吹かれる中で絵を描くことが唯一の趣味だ。現実をを忘れることができる現実から出た余りの時間だ。

今日は、親と進路

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