記事一覧
神様奇譚 第7章「新しい人生」
第1章から読む
第7章「新しい人生」 僕は重い足取りで居住地に向かった。僕が死んだのは、病気のせいだった。それも、ありふれた疾患だ。重篤な病でも、未知の病気でもない。ただ、己の体調管理の甘さと不注意が原因なのだ。あまりにも平凡で、あっけない最期だ。
僕は心のどこかで何か大きな事件や事故に巻き込まれて亡くなったことを期待していたことに気づき、自分自身に失望した。抽選とはいえ、神様に選ばれたのだ。
神様奇譚 第6章「神託」
第1章から読む
第6章「神託」 僕は川の土手に座って、水面に立つ小さな波を見つめていた。風が耳元で鳴る。手には神主さんへのプレゼンテーションの流れを書き記したメモを握っていた。源さんが忘れるといけないからと言って、いつも耳に刺している鉛筆で書いてくれたものだ。本当はメモを見なくても頭に入っているのだが、この紙を見ると、源さんとおかみさん、先生が力を合わせてくれたことが思い出されて、自然と勇気が出
神様奇譚 第5章「神の主」
第1章から読む
第5章「神の主」 先生は、それからしばらくの間、おかみさんの甘味処には来なかった。僕は仕方なく、源さんとおかみさんと三人で、僕の神社に生前の僕を知る人物がお参りに来るための方策を考えた。二人には、先生との「現代人同士の対話」の前半部分は端折って後半だけを伝えていた。
「つまり、先生が突き止めたのは、神様の友達が、神様の神社にお参りに来ればいいってことなんだよな?」
源さんは口
神様奇譚 第4章「先生と呼ばれた男」
第1章から読む
第4章「先生と呼ばれた男」 あの初めての「あの世ぶらり散歩」のあと、僕はしばらくいろいろな場所を探検していた。今日の散歩では久しぶりに、あの甘味処の前を通ってみた。店先にいたおかみさんがこちらに手を振っている。
「いらっしゃい、神様。ちょうどいいところにいらした」
「こんにちは、おかみさん」
僕は目の前を過ぎる二輪馬車をやり過ごしてから、通りを渡りおかみさんに近づいた。
「あ
神様奇譚 第3章「ずっと前に死んだ男」
第1章から読む
第3章「ずっと前に死んだ男」 神在月の総会を終え、肩の荷が降りた僕は、この世界に来てからずっとやってみたかったことをした。居住地から出て、街を散策してみたのだ。
街は観察するだけでも面白かったが、実際に歩くとさらに面白かった。馬が駆けた後には砂埃が立ち、武士たちが歩くと刀が擦れる金属音が小さく響いた。街の片隅で立ち話をする人々の言葉は、聞き取れるものとそうでないものとがあった。
神様奇譚 第2章「神在月」
第1章から読む
第2章「神在月」 それからしばらくは神社が見える『窓』と、外の世界が見える窓を交互に見ながら過ごした。完成した神社にはあまり参拝客の姿は見えなかったが、時折袴姿の男性が見えた。僕の神社を管理する神主さんなのだろう。箒を手にせっせと神社の周りを掃く姿が見えるたびに、感謝の念が込み上げた。
窓の外の世界も見飽きなかった。外は日本史の教科書の挿絵を一枚の絵にしたような状態だった。腰
神様奇譚 第1章「選ばれた男」
第1章「選ばれた男」 いい人生だった。
穏やかに揺れる小舟の中で再び目を覚ました時、真っ先にそう思った。手には六文銭を握っている。そうだ、僕は死んだのだ。
舟に船頭はいなかった。ひとりでに進む舟の上で体を起こすと、行先に陸地が見えた。首を捻って後ろを振り返る。濃い霧が、現世を覆っていた。生前のことを思い出そうとしてみる。いや、だめだ。あの霧が、頭の中にも入り込んで来ているようだった。
どの
ツノがある東館|ショートショート
私たちを部屋に案内する女将の頭には、どう見てもツノが生えていた。それも、鬼のように髪の毛に隠れてしまうタイプではなく、牡鹿並みの立派なツノ。
さっきから女将は天井が低い箇所を通るたびに、「頭上ご注意ください」と小声で注意を促し、自分は完璧な角度に体を曲げて通過しているが、こちらにはそんなツノはないので、屈むことなく廊下を歩いている。
私たちは女四人で風光明媚な温泉宿に来た。タクシーを降りて、受付
今年のTopics「社会人学生になった」|ショートエッセイ
気がつけば、年末。
仕事は無事に納まり、年末年始休暇です。しかし、無事に納まっていないものが。その敵は、大学院の課題です。
私は今年の4月から、京都芸術大学大学院 文芸コース(通信課程)の1期生として、小説創作を学んでいます。私が所属するのは、主としてエンタメ小説を書く方が集まるゼミ。通信制大学らしく、全国からさまざまなバックグラウンドをお持ちのゼミ生たちが、二十数人で切磋琢磨しながら創作活動に
déjà vu|読書感想文
出会い
私があと1冊小説を借りようと棚を物色していた時、図書館には閉館10分前を知らせる「蛍の光」が流れていた。
タイトルが目に留まり、その本を手にした。
『夏の名残りの薔薇』恩田陸
時間もないし、これでいいやと、その本と残り数冊の本を手にカウンターへ向かった。
déjà vu
家に帰って、ゆっくり本を開いてみると、中扉にある文字を見て、衝撃を受けた。
あぁ、だから私はこの本を手に取っ
旅に出たくらいで、人生は変わらない|映画感想文
私が大好きなケイト・ブランシェットの出演作、『バーナデット ママは行方不明』をオンライン試写で観る機会をいただいたので、一足先に感想を。
あらすじ
人生がうまくいかないバーナデット
バーナデットは創造者でもあり、破壊者でもある。
若い頃に天才建築家として名を馳せ、かつてクリエイティブに人生を捧げてきたが、今ではご近所のママ友から疎まれる厄介者だ。
度重なる隣人とのトラブルはだんだんエスカレ
告白水平線|ショートショート
「ねぇ、恋って水に溶けると思う?」
僕の質問は、ラムネのビー玉が沈む音にかき消された。瓶から泡が吹き出す。
「わぁー、すごい!」
彼女は滝のように流れる白い泡を見て、手を叩いて喜んだ。海の家のおじさんは、瓶を手早く拭いてから渡してくれた。さっきまで氷水に浸かっていた瓶の冷たさが心地よい。
「さっき何か言った?」
彼女は砂浜を歩きながら訊いた。
僕は慌てて口の中のラムネを飲み込む。喉に炭酸の刺激
半笑いのポッキーゲーム|ショートショート
「見て、これ」
目の前にスマホの画面が突きつけられる。
「近い、近い」
2匹の犬がジャーキーの両端をくわえて食べている動画だった。
「ウチの犬。ウケない?」
高瀬は左手でスマホを掲げながら、右手でポテチの袋をまさぐった。
俺と高瀬はあみだくじで負けた学級委員で、時々放課後の教室で「仕事」をさせられた。俺たちは「仕事」終わりに「打ち上げ」と称して、カバンに忍ばせたお菓子を食べながら二人で他愛もな