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お気に入りの物語ベスト10

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これまでの物語の中で、スキの数に関係なく作者自身が気に入っているショートショートをセレクトしています。【きまぐれ更新】
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記事一覧

朝の逆転|ショートショート

「お姉ちゃんのバカぁ!」 そう叫んだあと、弟はずっと大声で泣いていた。 お母さんが飛んできて「はいはい」と弟の頭を優しく撫でている。お母さんの呆れた目は、あなたお姉ちゃんでしょう、と訴えかけてくる。 泣きたいのは、こっちの方だ。 ゲーム機を片手に、私は涙を堪えて自分の部屋に走った。バタンと扉を閉めて、座り込む。怒りと罪悪感で涙がこぼれた。 もう、ゲームなんて、する気分じゃなかった。 弟がゲームの順番を守らなかった。 それがケンカのきっかけだった。なのに弟が泣き、お母さん

ヤツはロボット?|ショートショート

アンドロイドと人間の区別がつかなくなって、もう数年になる。 アンドロイドの持ち主が何らかの事情でいなくなることによって生まれる、いわゆる「野良ロボット」の問題が顕在化し始めたのもこの頃だ。 街を人間のようにうろついている野良ロボットは、取り締まりの対象となった。アンドロイドは腹部にバーコードを持っている。警官が呼び止め、相手がアンドロイドと分かれば、バーコードの提示を求めた。 バーコードの改ざんは不可能。野良ロボットが取り締まりを避ける唯一の道は、人間のフリをすることだった

むしゃくしゃして、やった|ショートショート

むしゃくしゃして、スイカを買った。 ビタミンCを補おうと思ったとか、贅沢をしようと思ったとか、そういうことではない。ただ、後先も考えず、むしゃくしゃしてたから、買った。 大きなスイカに網をかけてもらい、八百屋さんを出た途端、どっと後悔が襲ってきた。どうしてこんなの買ったんだろう。あぁ、重い。一人で食べられるかな。 通りすがりの人にジロジロ見られながら、ようやく家に着いた。 さあ、このスイカどうしてやろう。むしゃくしゃして買ったのだから、やはりパリーンと叩き割るのがいい。

天職|ショートショート

「申し訳ございません。本日の便はすべて欠航となりました」 三途の川の船着場は、混雑を極めていた。ここ数日の渡し船の整備不良により、あの世に渡る予定の死者が列をなして順番を待っていた。 「いつまで待たせる気だ! こっちはもう死んでるんだぞ」 「申し訳ございません」 死んでいるのだから、待っていてもいいはずなのだが、生前のせっかちは死んでからも続くらしい。 手伝えることがあれば、と人を掻き分けながら係員の方へ向かっていると、同じように人の間を縫うように進む青年がいた。 「すみ

みんなでジュリエット|ショートショート

「はい、ではジュリエット役をやりたい人?」 さっきまで熱を帯びたざわめきが教室を満たしていたが、先生のこの一言で水を打ったように静かになった。 学園祭のクラスの出し物が演劇『ロミオとジュリエット』に決まった時は、クラス一同落胆した。食べ物の出店や、お化け屋敷を期待していたのに、よりにもよって、ラブストーリーの演劇とは。 他のクラスの奴らが冷やかしに見に来ることを想像しただけで吐き気がする。 「先生」 クラスのひとりが手を挙げ、皆は一斉に振り返った。 「何人かでジュリエット

さしすせそ寿司|ショートショート

昔ながらの寿司屋の暖簾をくぐり、白木のカウンターに座る。 「大将、今日のおすすめは?」 「今日は新鮮な”さ行”が入ってるよ」 人々が文字を食らうようになったのは、いつ頃からだっただろうか。 度重なる自然災害と食糧危機に比例するように、世の中には文字が溢れていた。世を憂う言葉、誰かに向けられた罵詈雑言、ネット上の誹謗中傷。増え続ける文字に、どこかの誰かが目をつけたのだ。 「”さ行”か。産地は?」 「昔の新聞だ。”悪意”は入ってないよ」 文字は美味くもないが、食えないほどで

で、出たぁ!|ショートショート

「で、出たぁ!」 驚いてのけぞった拍子に、椅子から転げ落ちた。 新入りの、この漫画のような動きに、古株たちは皆笑い転げた。 「おい、幽霊が生きてる人間に驚いてどうする」 「いやはや、生きてる時の感覚が抜けないもので。すみません」 新入りが床から立ち上がるのを、古株たちは同情を込めた目で見守っていた。 幽霊の住む世界には、もちろん幽霊しかいない。 最近亡くなった人と、ずいぶん前に亡くなった人という、時間的な格差はあるものの、皆生前と同じような平穏な生活を送っている。 とこ

雨雲ろうそく|ショートショート

「くそぉ、またお天道様が顔を出してらぁ」 ここ数ヶ月の日照りで、じいちゃんの畑は危機に瀕していた。青い空には白い雲がぷかぷかと気持ち良さそうに浮かんでいる。 「おい、お前。ヒマなら向こうの神社に行って、雨乞いでもして来い」 僕は鉛筆を放り出して外に出かけた。セミの声がうるさい。田舎はこれだから嫌だ。 別に雨乞いなんて現代で通用するとは思っていなかったけど、宿題を中断する口実ならなんでもよかった。 外に出たものの、特に行くところはないので、本当に神社に向かった。 鳥居近くの

ボーナスポイント|ショートショート

「あれ、ボーナスポイント溜まってるじゃん。昨日何したの?」 「へへへ、秘密ですよ。先輩!」 人々の左肩にARで表示されているボーナスポイントについて触れることは、近頃の挨拶代わりだ。 このボーナスポイントは、いわゆるゲームの得点だ。だが、通常のゲームと違う点が2つある。 1つは現実世界とリンクしていること。人々が現実世界において、健康的で文化的な善い行いをすると、そのミッションに応じてポイントが加算される仕組みだ。例えば、お年寄りに席を譲ると10ポイント、休日に公園のゴミ

道に落ちていた失恋|ショートショート

ある日、会社からの帰り道に、失恋が落ちていた。 それは、植え込みの下に隠れるようにあった。遠くから見ると、手袋が落ちているように見えたが、近づいてみると、失恋だった。 どうしてそれがすぐに失恋だとわかったのか、今から説明しようとしても、難しい。でも、その時の僕には、すぐにわかった。 次の日の朝、同じ場所にまだ、失恋は落ちていた。昨日と同じ格好。 昨日は夜だったので暗くてよく見えなかったが、明るい時に見ても、やはりそれは失恋だった。 それを通り過ぎて会社に向かいながら、