見出し画像

天職|ショートショート

「申し訳ございません。本日の便はすべて欠航となりました」
三途の川の船着場は、混雑を極めていた。ここ数日の渡し船の整備不良により、あの世に渡る予定の死者が列をなして順番を待っていた。

「いつまで待たせる気だ! こっちはもう死んでるんだぞ」
「申し訳ございません」
死んでいるのだから、待っていてもいいはずなのだが、生前のせっかちは死んでからも続くらしい。

手伝えることがあれば、と人を掻き分けながら係員の方へ向かっていると、同じように人の間を縫うように進む青年がいた。
「すみません。僕、生前に飛行機の整備をしていたので、お手伝いしましょうか」
青年の横に立ち、係員に申し出た。
「あ、私も自動車整備士だったので、何かできれば」
青年は驚いたようにこちらを見た。私は軽く頷いて見せた。

係員は急な申し出に戸惑っていたが、よほど困っていたのか、船着場に案内してくれた。古びた船が何隻か目の前に現れた。
「じゃあ、見てみましょう」
青年に声をかけ、船に飛び降りた。

日々の整備を怠っていたからか、部品は錆び付いていたが、何とか青年と二人で作業を進めた。
「死んでまで、この仕事をするとは、ね」
工具を扱いながら、独り言を漏らす。
「僕もそのことを考えていました」
機械の陰から青年の声がした。

「あぁ、聞こえたのか」
「いや、ちょうど僕も同じことを考えていたので」
青年は物憂げに川の向こうを見やった。
「仕事が嫌で向こうに行こうとしたのに」
「そうか」

「治りました」
船は再びエンジン音を響かせた。岸で待っていた死者たちが歓喜の声を上げ、それに応えるように青年は手を振っていた。
「天職だな」
「え?」
「天国の職業」
私は青年と笑い合った。

また読みたいなと思ってくださったら、よろしければスキ、コメント、シェア、サポートをお願いします。日々の創作の励みになります。