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道に落ちていた失恋|ショートショート

ある日、会社からの帰り道に、失恋が落ちていた。

それは、植え込みの下に隠れるようにあった。遠くから見ると、手袋が落ちているように見えたが、近づいてみると、失恋だった。

どうしてそれがすぐに失恋だとわかったのか、今から説明しようとしても、難しい。でも、その時の僕には、すぐにわかった。

次の日の朝、同じ場所にまだ、失恋は落ちていた。昨日と同じ格好。
昨日は夜だったので暗くてよく見えなかったが、明るい時に見ても、やはりそれは失恋だった。

それを通り過ぎて会社に向かいながら、もしかしたら落ちているのではなく、捨てられているのではないか、と思い当たった。
失恋を落とす、ということはあまりないが、失恋を捨てる、という動機ならたくさんあるはずだ。

とはいえ、公共の場所に捨てるのは良くない。ちゃんと燃えるゴミの日に出さないと。あれ、失恋って燃えるのかな?

その日の夜、驚くべきことに、失恋が少し動いていた。今朝までは植え込みの下に押し込まれるようにして落ちていたのに、植え込みの上に引っ掛けてある。

誰かが落とした人が探しに来るかもしれないと思って、目立つ場所に置いたのだろうか。それとも、自分の失恋かもと思って拾ったけど、自分のじゃなかったからそのまま置いてきたのだろうか。

次の日は会社は休みだったので、あの道は通らない。ふだん、休みの日は昼まで寝て、起きてからもダラダラとしていることが多いが、その日はあの失恋のことが気になって、何故か早く目が覚めた。ゴロゴロしていてもやっぱり気になるので、意を決して着替えてあの植え込みまで歩いてみた。

あの植え込みの一本手前の道で信号に引っかかった。見慣れてきたので、遠くからでも失恋の様子がわかる。昨日と同じように、植え込みに引っ掛けられている。

すると、失恋に近づいている女性がいる。拾うか拾うまいか考えているようだった。僕は早く信号が変わらないかとイライラした。あの人は誰だろう?持ち主だろうか?

信号が青になるとすぐに、横断歩道を走って渡り、植え込みの近くで考えている女性に声をかけた。

「あの、ひょっとしてこの失恋の落とし主ですか?」
「え、あぁ、いや、違います。これ、やっぱり失恋ですよね。どうしてここにあるんだろう?って思ってて」
「捨ててあるのか、落としたのか、わからないですよねぇ」

なぜか見知らぬ人と一緒に、失恋の前でしばし考えこんだ。
「やっぱり、これは捨ててあるんだと思います」
女性はキッパリと言った。あたかもそれは揺るぎないことのように。

「そうですね。じゃあ、我々で捨ててあげましょうか?」
僕は何故か自然にそう提案していた。
「いいですね。捨てましょう」

それから二人で失恋を拾い、カン・ビンではないですよね、と確認し合いながら、公園のゴミ箱に、落ちていた失恋を捨てた。

「スッキリしましたね」
「スッキリしました。このあと、お茶でも行きます?」

この日、僕は落ちていた失恋をゴミ箱に捨てて、真新しい恋を拾った。

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