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ボーナスポイント|ショートショート

「あれ、ボーナスポイント溜まってるじゃん。昨日何したの?」
「へへへ、秘密ですよ。先輩!」

人々の左肩にARで表示されているボーナスポイントについて触れることは、近頃の挨拶代わりだ。
このボーナスポイントは、いわゆるゲームの得点だ。だが、通常のゲームと違う点が2つある。

1つは現実世界とリンクしていること。人々が現実世界において、健康的で文化的な善い行いをすると、そのミッションに応じてポイントが加算される仕組みだ。例えば、お年寄りに席を譲ると10ポイント、休日に公園のゴミを拾うと30ポイント、マラソンを日課にすると5ポイントといった具合だ。
昔、ケータイの位置情報を使用したゲームが流行ったことがあったが、その拡張版と言っていい。ポイントは1万ポイントで、現金1万円に換金できる。

2つ目はこのゲームを開発、普及させているのが国家であることだ。国の政府は国民のほとんどがウェアラブルデバイスを身につけていることに目をつけ、このボーナスポイントの仕組みを開発した。
初期投資は数億円とも言われていて、国民への普及のために大々的なキャンペーンを打った。効果は絶大で、今ではほとんどの人がボーナスポイントのために、善良な国民となることを心がけている。

「あれ、佐藤さんはなんでそんなにポイント少ないの? 昨日換金したばっかりとか?」
「う〜ん、私はあんまり興味なくて」
「えー、楽しいのに〜。善き行い、晴れ渡る空、爽やかな心って、ね!」

CMのセリフをそのまま引用して、爽やかな笑顔を振り撒きながら先輩が席に戻っていった。私は先輩の左肩の数字が1つ増えたのを見逃さなかった。きっとセリフを言うこともミッションの一つなんだろう。

ARで浮かぶポイント表示は非表示にもできるが、そうしている人は少ないので、何か訳ありなのかと詮索されるのがオチだ。
最近では、上司が妻へのサプライズプレゼントを換金したポイントで購入し、急に残数が減っていることからバレるといけないので非表示にしたら、浮気を疑われ修羅場になったと話していた。

仕事終わりにいつもの小料理屋に入った。普段よりもがらんとしている。
「いらっしゃい」
「今日は少ないですね」
「なに、今週は家で料理するとボーナスポイント2倍とかで、コッチは商売上がったりよ」

「あんたはボーナスポイント貯めなくていいのかい?」
「私はあんまり興味ないから」
「若いのに珍しいね。今週は1万ポイント貯める前にぽっくり逝っちゃいそうなジジイしか来ないと思っていたのに」

大将は料理を出しながら、隅の方に座っている年配客を顎でしゃくった。
「またまた」
ここで大将と世間話をしながら食事をするのが日課になっていた。
ここではボーナスポイントを非表示にしても、誰にも白い目で見られない。
「大将の料理食べないと元気出ないからさ」
「嬉しいこと言ってくれるね。サービスしちゃお」

「ごちそうさまでした」
「まいど!」
小料理屋を出て、腕のデバイスに触れ、ボーナスポイントを表示させる。

よし、【人を元気付ける】ミッションクリア、か。
お店に入る前よりポイントが加算されていることを確認し、歩き出した。

「善き行い、晴れ渡る空、爽やかな心」と呟いてみた。
大将も、サービスするの、ミッションだったのかな、とぼんやり考えていた。

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