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雨雲ろうそく|ショートショート

「くそぉ、またお天道様が顔を出してらぁ」
ここ数ヶ月の日照りで、じいちゃんの畑は危機に瀕していた。青い空には白い雲がぷかぷかと気持ち良さそうに浮かんでいる。
「おい、お前。ヒマなら向こうの神社に行って、雨乞いでもして来い」

僕は鉛筆を放り出して外に出かけた。セミの声がうるさい。田舎はこれだから嫌だ。
別に雨乞いなんて現代で通用するとは思っていなかったけど、宿題を中断する口実ならなんでもよかった。

外に出たものの、特に行くところはないので、本当に神社に向かった。
鳥居近くの木陰でぼんやりしていると、小さなお婆さんが座っているのが見えた。折りたたみの机の前に座っている。占い師かな。一昨日この近くに来た時にはいなかったはずだ。

よく見ると、机の上には立て札がある。手相占いとか、水晶玉占いとか書いてあるのかと思って目を凝らすと、そこには【雨乞い】の文字があった。

「ウソ」
思わず声が出た。その声が聞こえたのか、小さなお婆さんはこちらを見た。
気がつくと、不気味なお婆さんに吸い寄せられるように近づいていた。勇気を振り絞って声をかける。

「あの、じいちゃんの畑が日照りで困ってて、雨乞いできるんですか?」
「千円」
「え?」
「千円」
お婆さんは節くれだった手をこちらに差し出している。

「千円、ですね。わかりました。今お金持ってないので、取ってきます」
お婆さんの白い瞳から逃げたいのもあって、僕は走ってその場を離れた。

「じいちゃーん、雨乞い千円かかるって」
僕は家に着くなり、じいちゃんにそう報告した。なんとなく、お婆さんのことは言い出せなかった。
「あ? 賽銭にしてはえらい高いな」

アイス買うんじゃないだろな、と怪しみながらも、じいちゃんは僕に小さく畳まれた千円札をくれた。
ありがと、とお礼を言い、また鳥居まで走った。途中で、じいちゃんを連れて来ればよかった、と思った。

お婆さんはさっきと同じ格好で座っていた。
「はい、千円。雨乞いしてもらえますか?」
僕は息を切らしながら、畳まれた千円札を机の上に置いた。
お婆さんはゆっくりと千円札のシワを指で伸ばしていた。そしてスッと机の下から短い黒い棒を取り出した。

「雨雲ろうそくね。火をつけて燃えている間、雨降れって願うの」
「わかりました」
「真剣に、だよ」
お婆さんの白い瞳に見つめられ、コクリと頷いた。

家に戻り、じいちゃんにろうそくの使い方を説明した。じいちゃんも半信半疑だったが、試してみることにした。
黒いろうそくに火をつける。ジュワっと蝋が溶けていく。

雨降れ、雨降れ。
溶けた蝋は渦巻きながら下に垂れていく。

雨降れ、雨降れ。
黒い蝋のような雲が頭上に広がっていく。

雨降れ、雨降れ。
ろうそくは短くなり、火が小さくなっていた。

空から大きな雫が落ちてきて、最後の炎をかき消した。
雨は、ろうそくの炎を消した後も、ずっと降り続いた。恵みの雨だった。

✳︎

鳥居の近くに、雨の中傘もささずに、小さなお婆さんが座っていた。
そこに赤い傘をさした一人の少女が近づいていく。
「私のおじいちゃんが雨で漁に出られなくて困ってるんです。晴れるように祈ってください」

お婆さんの机の上には【晴れ乞い】の文字があった。

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