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心お弁当|ショートショート

その日は、雨が降っていた。
夜も遅く、コンビニ弁当でもと思ったところに、見慣れないお弁当屋さんの灯りが見えた。

傘の雫をバサバサと落とし、お店に入る。大人が3人も入ればぎゅうぎゅうになるような小さなお店だった。

「いらっしゃいませ。今日はどんな御気分で?」
並べられた黒い箱のお弁当を覗き込んで驚いた。
「雨でぐしょ濡れ嫌な気分」
「残業終わってほっとした気分」
「恵みの雨で嬉しい気分」
「ナイターの結果にワクワク気分」
無機質なプラスチックの蓋に覆われていて、肝心の中身は見えない。

「あの、これって……?」
「あ、お客さんこちら初めてでしたか。当店では今の御気分にあったお弁当を提供しているんですよ。あ、見栄を張っちゃダメですよ。味が落ちちゃうんで」
丸顔の店主はそう言うと、クックっと笑った。

「じゃあこれで」
「残業」を手に取った。
「まいど!」

家に帰り、ドキドキして蓋を開ける。どこにでもある普通の弁当だ。
「残業終わってほっとした気分」
雨でイライラもしていたと思っていたが、実のところ、大きな一仕事が終わってほっとしていたんだ。

お弁当を頬張りながら、自分の気持ちを噛み締めた。
お店の名前、なんだっけ?と空になった弁当箱の蓋を閉じながら考えた。

(512文字)

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