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スキを集めた物語ベスト10

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これまでの物語の中で、読者のみなさまに特にスキを集めたショートショートをセレクトしています。【月毎更新】
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記事一覧

失恋墓地|ショートショート

「和尚さん、大変です!」 「また墓荒らしか。今月で何度目だ?」 「四度目です」 「うむ、やはり警察に相談するか」 「で、具体的に盗まれたものは?」 「失恋の遺品でございます。恋人から贈られた指輪、腕時計。中には高額なものも」 「ここに、そういう類のものが埋葬されていることは、広く知られているのですか?」 「えぇ、私どもはひっそりと失恋墓地をやっておったのですが、口コミで広がりましてね。最近ではマスコミの取材やらなんやらで。墓荒らしが発生するようになってからは観光参拝は禁止し

株式会社おっちょこちょい|ショートショート

「あなたが新入社員?」 「はい、そうです。よろしくお願いいたします」 入社初日。めちゃくちゃ緊張する。担当の上司の人、優しそうな人で良かった。 「今日はまず仕事の様子を見てもらうところからね」 軽く案内するわね、と一通り会社の中を連れ回された後に、いよいよ、という感じで上司は向き直った。こちらも自然と背筋が伸びる。 「でも、その前に、どうしてこの会社に入ったの?」 「はい、自分自身の性質を、世の中の役に立てたいと思い……」 「ちょっと、面接じゃないんだから。もっと楽に話し

月の名所|ショートショート

今年は、家族で月の名所に行ってみようということになった。 とても楽しみだ。 月の名所にも、いろいろな場所があるが、車でしか行けないところにしよう、と話した。家族でドライブだ。 今年の春は、家族で引っ越しを経験して、お花見どころではなかった。 花の名所に行けなくても、月の名所に行けばいい。 引っ越してきてから、慣れない環境に体を馴染ませることばかりを考えていて、なかなか外を出歩いていない。 ピクニックのように、食事を持っていきたい。 どうせ、外では食事ができないので、家族で

ショートショート王様|ショートショート

「あ、ショートショートおじさん来た」 駅前のコーヒーショップ。 そのおじさんは決まって月曜日の朝7時にお店にやってきた。 注文はブレンドを二つ。お持ち帰り。 「サイズはいかがいたしますか?」 「ショート、ショート」 そんなわけで、おじさんは「ショートショートおじさん」と呼ばれていた。 その日は、新入りのアルバイトがショートショートおじさんのレジにいた。 「サイズはいかがいたしますか?」 「ショート、ショート」 「お名前はなんとお書きしましょうか?」 今まで誰もショー

噛ませ犬ごはん|ショートショート

レストランの入り口ドアのベルが鳴った。 「すみません、もう閉店の時間で……」 入り口に立つ男の姿を見て、すぐに口をつぐんだ。この街で一番のお金持ちのご主人が、立っていた。 「まだやってるかね? 腹ペコだが、他はどこも閉店でね。外から君の姿が見えたのだが」 ギャルソンは、チップを弾んでくれそうだ、と頭の中で計算した。しかし、シェフはすでに帰ってしまっていて、料理は出せそうにない。どうしたものか。 「確認いたします」 ギャルソンは急いで厨房に向かう。何か出せる料理はないか。

オノマトペピアノ|ショートショート

先ほどから、ピアノの音が変だ。 調律師め、仕事をサボりやがったな。 いや、何かが違う。 指の動きに合わせて鳴る旋律は、どこか啜り泣きのようでもある。 クスン、クスン。 音楽は、奏でる人の心の内をよく表すと言う。僕の心の奥の悲しみが、ピアノを伝って流れ出ているに違いない。 そう気づいた僕は、全身から溢れる悲しみを鍵盤を叩く指に込めた。 でも、なぜ僕はこんなに悲しいのだろう。 シクシク、シクシク。 それでも鍵盤の上を流れる指は、止まらなかった。 ふと、この啜り泣きの旋律は、

心お弁当|ショートショート

その日は、雨が降っていた。 夜も遅く、コンビニ弁当でもと思ったところに、見慣れないお弁当屋さんの灯りが見えた。 傘の雫をバサバサと落とし、お店に入る。大人が3人も入ればぎゅうぎゅうになるような小さなお店だった。 「いらっしゃいませ。今日はどんな御気分で?」 並べられた黒い箱のお弁当を覗き込んで驚いた。 「雨でぐしょ濡れ嫌な気分」 「残業終わってほっとした気分」 「恵みの雨で嬉しい気分」 「ナイターの結果にワクワク気分」 無機質なプラスチックの蓋に覆われていて、肝心の中身は

1分草|ショートショート

それは世紀の大発明だった。 私がその大発明に気づいたのは、海外の特許について調べていた時だった。 雑誌記者の私は、海外でのニュースをいち早く仕入れ、それを日本に伝える記事を担当していた。 「Just One Minute」と見出しのある海外誌の記事を読み進めると、タネを撒いてから1分で食べられる大きさにまで成長するという食用植物が開発されたらしい。成長の速度を早める品種改良を重ねた結果だった。 記事を読むと、豆苗のような植物で、タネに水をつけて1分ほどで10センチ弱にまで

ヘルプ商店街|ショートショート

「ヘルプ、一丁いかがぁですかぁ〜」 店先の店主の大声に、思わず振り返る。 今さら人の助けなどいらない。そう思っておきながら、声に反応した自分自身に腹が立った。 声の主から無理やり目を逸らして歩き出そうとすると、店主が店を飛び出し追いかけてきた。 「お兄さん、お兄さん、ヘルプ売ってくれませんかねぇ」 「なんだ、急に」 「うちね、ヘルプの買取もしてるんです。よかったら、お兄さんのヘルプを買い取りますよ」 「買い取る?」 「えぇ、お店が人を助けるのがヘルプ販売、お客さんが人を助

告白雨雲|ショートショート

「できたぞ!」 博士の雄叫びを聞きつけた助手が、研究室に飛び込んできた。 「どうしました?」 博士は落ち着いた笑顔で応えた。 「なんでもない」 博士は慎重にドアを閉める。 「誰にも見られてはならん」 博士はフラスコの透明な液体を揺らしながら、微笑んだ。 この透明な液体こそが、長年の研究の成果、「愛の妙薬」であった。たった一滴でたちまち恋に落ちる。 博士はこの大事な研究成果を自宅で保管しようと考えた。 フラスコに栓をし、家路を急ぐ。博士は研究のため三日三晩寝ていなかった。