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1分草|ショートショート

それは世紀の大発明だった。
私がその大発明に気づいたのは、海外の特許について調べていた時だった。

雑誌記者の私は、海外でのニュースをいち早く仕入れ、それを日本に伝える記事を担当していた。
「Just One Minute」と見出しのある海外誌の記事を読み進めると、タネを撒いてから1分で食べられる大きさにまで成長するという食用植物が開発されたらしい。成長の速度を早める品種改良を重ねた結果だった。

記事を読むと、豆苗のような植物で、タネに水をつけて1分ほどで10センチ弱にまで成長するようだ。サラダには十分な長さである。その後は通常の植物と同じくらいのスピードで成長していく。しかし、刈り取ればまた1分で伸び、2回〜3回は繰り返し収穫できるそうだ。

私は興味を持ったので、記事を翻訳し、掲載した。
掲載とほぼ同時くらいに、百貨店の食料品売り場にこの食用植物が並び始めた。「1分草」と名付けられ、瞬く間に広がった。

3ヶ月後には地方のスーパーでもこの野菜を見るようになった。
成長が早く、安価で量産できるため、多くの人が好んで食べた。安価の割に、味も栄養価もそこそこである。

私自身も、よく近所のスーパーで購入して食べた。気の置けない友人には、私が日本で最初に見つけたんだ、と些か誇張した自慢をした。

そんなある時、1分草を紹介した海外誌に、野外での1分草の繁殖についての問題提起の小さな記事が載っていた。そこには、スーパーから買ってきた1分草のタネを誤って庭に落とした人が、庭の薔薇が1分草に駆逐されたと嘆いていた。

その時には気にも留めていなかったが、しばらくすると、住宅街の脇道で野外に生えた1分草をよく見つけるようになった。雑誌に載っていた人のように、誰かがタネを落としたのだろう。時々、それを野良猫がかじっているのも見かけた。

今では、1分草のアレンジレシピがたくさん出回っていた。
住宅地のそばだけでなく、公園にも、川辺にも、野生化した1分草がたくさん生えていた。1分草は生命力が強い。引っこ抜いても、根っこが残っていればまた生えた。

ここ最近、1分草以外の野草は見なくなった。
タンポポも、カラスノエンドウも、ホトケノザも、小さな可愛い花を咲かせていた野草は、もういない。しかし、そのことに気づいている者も、いない。

私は、1分草を広めたのは私だ、とは言わなくなった。

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