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株式会社おっちょこちょい|ショートショート

「あなたが新入社員?」
「はい、そうです。よろしくお願いいたします」
入社初日。めちゃくちゃ緊張する。担当の上司の人、優しそうな人で良かった。

「今日はまず仕事の様子を見てもらうところからね」
軽く案内するわね、と一通り会社の中を連れ回された後に、いよいよ、という感じで上司は向き直った。こちらも自然と背筋が伸びる。

「でも、その前に、どうしてこの会社に入ったの?」
「はい、自分自身の性質を、世の中の役に立てたいと思い……」
「ちょっと、面接じゃないんだから。もっと楽に話していいわよ」
いつの間にか、紙コップに入ったコーヒーが目の前に置かれていた。コーヒーでも飲みながら話しましょ、と上司は微笑んだ。

「で、どうしてこの会社に?」
「あの、自分の短所だと思っていたところを、長所だって言ってもらえる環境って素敵だなと思ったんです。それがお客様のお役に立てるなら嬉しいな、と」
「お客様、ではなくて、ターゲット、ね。この部署では」
「あ、はい」

「さ、初仕事に行きますか」
上司は空になった2つの紙コップを手早く重ね、ゴミ箱に放った。カランと軽い音を立ててゴミ箱のずいぶん手前に着地した。
思わず、フフっと微笑んだ。緊張がほぐれた瞬間だった。上司は床から紙コップを拾い上げて捨て、こちらにウインクした。あぁ、今のは私が”ターゲット”だったんだ。

「じゃあ、ここで待ってて。”ターゲット”は向こうから歩いてくる女性ね。見える?」
「はい」
じゃ見てて、と上司は公園のベンチに私を残し、ターゲットに近づいた。
ターゲットはぼんやりと考え事をしている様子で歩いてきた。見るからに浮かない顔だ。

上司は自販機の前で立ち止まった。お茶を買うみたいだ。ターゲットはその間もどんどん近づいてくる。
「あ」
チャックが開いていたのか、上司が手にした財布から小銭が弾けた。ターゲットも、考え事から醒めた様子で、一緒に小銭を拾っている。

「きゃー、ありがとうございます」
上司は必死に小銭を拾いながら、ターゲットに何度もお礼を言っていた。
「ありがとうございます。本当に助かりました!」
「いえいえ」
ターゲットは上司に拾い集めた小銭を渡し、そのまま離れていった。心なしか、最初よりも表情がほぐれている。

「どう?」
ターゲットの背中が見えなくなってから、上司は再び私が座っていたベンチに近づいてきた。
「はい、”ターゲット”の女性も、お礼を言われて嬉しそうでした。表情も柔らかくなっていたと思います」
「人は感謝されると元気になれるからね」

「こんな感じで、おっちょこちょいで人を元気にするのが、私たちの仕事。さっきみたいに”ターゲット”に感謝する手法もあるし、ドジなことをやってるのを見てもらって、笑ってもらったり、勇気づけたり、いろいろ手法はあるけど、それは追々勉強してね」
「はい!」

私は、天職を見つけることができたみたいだ。


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