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ツノがある東館|ショートショート

私たちを部屋に案内する女将の頭には、どう見てもツノが生えていた。それも、鬼のように髪の毛に隠れてしまうタイプではなく、牡鹿並みの立派なツノ。
さっきから女将は天井が低い箇所を通るたびに、「頭上ご注意ください」と小声で注意を促し、自分は完璧な角度に体を曲げて通過しているが、こちらにはそんなツノはないので、屈むことなく廊下を歩いている。

私たちは女四人で風光明媚な温泉宿に来た。タクシーを降りて、受付で予約の確認をしたところまでは、良かった。
「本日のご宿泊は別館の東館でございます。今、案内の者が参ります」と言われ、現れたのが、牡鹿女将だった。
私たち四人は驚きで視線を交わし合ったが、今時他人の容姿について何か言うのは憚られたので、特に言葉は交わさず牡鹿女将に案内された。

「当館の調度品は江戸時代から伝わる貴重な品々で……」
牡鹿女将が廊下の壺の類を説明する。
「ねぇ!」
友達の金切り声に振り返る。頭が不自然に重い。首がぐらりと揺れる。
「わ! 何これ」
私の側頭部から渦巻いて横に伸びる水牛のようなツノが生えていた。私は慌てて頭を振る。他の三人は私のツノが届かないところに後退りした。
「お客様!」
私のツノが壺に当たり、床に落ちた。壺は木っ端微塵になった。女将と目が合う。
女将が牡鹿のツノをこちらに向けて突進してきた。水牛のツノでは敵いそうもない。

(567文字)

たらはさんの企画に参加しています。めちゃくちゃご無沙汰しております。
大学院の課題が終わり、少しひと段落です。


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