草野 遼河
辻林駿は友人の亮太に半ば強引に水泳部の入部体験に連れて行かれる。 そこで偶然出会ったのは、小学生の頃に一度だけリレーを組んだ、そして駿が長年恋をしていた市倉栞だった。 栞がいた事で入部を決めた駿は、先輩や同期と共に練習をする日々を送ることとなる。 個性的な先輩やそっけない同期と練習する事で水泳の面白さに気づいて行く駿。 そして、一年目の全国大会、付き添いで会場に行った駿が出会ったのは……。 水泳に、恋に、友情に全力を尽くした三年間の青春物語。
『悩みの種は美しく咲く』
滴り落ちる雨の行先を考えたことはあるかい ひらりと舞う桜の花弁はどこへ消えたの 誰もが美しい時を綺麗だと言う じゃあ、綺麗は一瞬だけなのか それ以外は醜いの? 見…
私が新川さんに出会ったのは四年前のことだった。 あの日の日付は忘れたがとても寒かったことは覚えている。特急列車を降りた途端、凍てつく寒風に迎えられた私は首を…
水を撫でる。柔らかな抵抗を指の腹で心地よく感じる。外から差し込む日差しは窓を隔てて、水面に反射して蒼く煌めいて海のようだ。 私は津波を起こして風呂を出た。体…
甘く見ていた。 |天野美琴≪あまのみこと≫は大きく揺れるバスの中で車内を見渡した。座席は満席、通路にもびっしりと人が詰められており、事実美琴も押しつぶされそ…
ベランダが唯一の憩いの場。パジャマのポケットから取り出したタバコに火をつけて吸い込む。吐いた煙は風に吹かれてすぐ消えた。 外はどこを見ても暗くて静か。それだけが…
基本、朝は7時前に起きて、夜は24時には寝ている。 7時前が早いか否かは各々の見解があると思うが、子供の頃から目覚めはすこぶる良かった方だ。幼稚園に通っていた時や…
教室で盛り上がっている集団の隙間からちらりと見える君は、物憂げな顔を窓外の空に向けていた。 僕も君の視線をなぞるように空を仰いだが、ただひたすらに青い空が広…
個展の協賛企業であり、先ほど出会った恵の教え子である衛の母親、植木順子は仁美と目の前にある写真を見比べていた。 「詩君とはお知り合いだったんですか?」 「ええ、…
北鎌倉駅のホームへ降り立ち、端に置いてある一つだけの改札口に交通系ICをかざして駅を後にした仁美は照り付ける日差しを一瞥して額に手を置く。後ろで先ほど乗ってい…
曇天の空とは一転して、地上には真っ白な雪が深々と降っていた。歩く人は厚手のコートにマフラーを顔半分まで巻いて寒そうにしている。 病院に入った順子は息が上がる…
仕事終わり、今日も病室で詩とミーティングをしていると、ドアがゆっくりと開いて紗香が顔だけ出していた。 「お兄ちゃん、今入っていい?」 人見知りなのだろうか、紗…
仕事のない休日、順子は子供を旦那に任せて電車に乗り、降りた先の近所の花屋に立ち寄った。若い女性店員に相談して黄色やオレンジを基調とした小ぶりの花束を購入してか…
そろそろグラスが空になる頃、なみなみとビールとハイボールの注がれたグラスを三つ手にしたマスターが持っていた二つを晴香たちの前に出し、代わりに空のグラスをカウン…
「ちょっと、早く歩かないと間に合わないって」 晴香が振り返った先には苦しそうにネクタイを締めながら重たい足を上げて気怠そうに階段を上っている詩がいた。普段着慣…
立て看板を店頭に置いた晴香は吹き出る汗を手の甲で拭った。都内のスタジオに辞表を出してから早二週間、晴香は『笹崎写真館』で働いていた。 笹崎写真館での業務内容…
銀座駅から上がった江崎晴香はその暑さに深くため息をついた。地下から上がってきた地上は自動車と太陽の熱によって蒸されているように暑かった。もしかしたら「地獄に落…
2021年6月13日 18:56
滴り落ちる雨の行先を考えたことはあるかいひらりと舞う桜の花弁はどこへ消えたの誰もが美しい時を綺麗だと言うじゃあ、綺麗は一瞬だけなのかそれ以外は醜いの?見たことのない景色に怯えるのは止そう外に出ないと光も闇も分からない分からない事が恐怖なんだ傘を閉じて雨粒を感じろ寝ている間に誰かの命のことを考えたことはあるかい地球から一種の生物が消滅したらしいいくら言われても夢想にしか聞
2023年1月8日 20:59
私が新川さんに出会ったのは四年前のことだった。 あの日の日付は忘れたがとても寒かったことは覚えている。特急列車を降りた途端、凍てつく寒風に迎えられた私は首を縮めて改札へ向かった。改札口はまだICが対応しておらず、紙の切符を通して出た。 一人旅行が趣味な私はこうして時々ふらりと特急に乗ってあてもない場所へ行く。これまで訪れた土地のほとんどが騒がしくないので、無意識に行先を決めていたのかもしれ
2023年1月6日 21:15
水を撫でる。柔らかな抵抗を指の腹で心地よく感じる。外から差し込む日差しは窓を隔てて、水面に反射して蒼く煌めいて海のようだ。 私は津波を起こして風呂を出た。体をよく拭いてから新しい服を身にまとう。着たての服はひんやりとして清々しい。 髪を乾かした私は台所で朝食の準備にとりかかった。棚の中から取り出した茶筒をとんとんと叩いて茶葉を急須に落とす。その間に沸かしていたお湯がぽくぽくと音で知らせてきた
2023年1月6日 00:47
甘く見ていた。 |天野美琴≪あまのみこと≫は大きく揺れるバスの中で車内を見渡した。座席は満席、通路にもびっしりと人が詰められており、事実美琴も押しつぶされそうになるのを窓に置いた両手で何とか堪えている状況だ。ゴールデンウィークの最終日だからと高を括っていたが、この小さな古都には国内はおろか世界中より人が訪れることを忘れていた。 達磨の様に揺れるバスは京都を北上していく。左へ曲がったその時
2022年12月27日 18:45
ベランダが唯一の憩いの場。パジャマのポケットから取り出したタバコに火をつけて吸い込む。吐いた煙は風に吹かれてすぐ消えた。外はどこを見ても暗くて静か。それだけが取り柄のつまらない場所。もうひと吸いしようとタバコを咥えたところ、隣からすっと手が伸びてわたしの口から煙草を奪った。「君が空気を主食にしているなんて知らなかった」 いつの間にか隣にいた先生はまだ十分ある煙草をへし折った。それから手のひ
2022年4月19日 09:18
基本、朝は7時前に起きて、夜は24時には寝ている。 7時前が早いか否かは各々の見解があると思うが、子供の頃から目覚めはすこぶる良かった方だ。幼稚園に通っていた時や小学生時は朝の会までに時間が余り過ぎて、学校でドッジボールやサッカーをしてから校舎に入っていた。(今の子もドッジボールはするのでしょうか?) 朝日で目覚めたい私はレースだけを閉めている。レースを通った朝日は強い日差しを少しだけ柔らかく
2022年4月17日 19:45
教室で盛り上がっている集団の隙間からちらりと見える君は、物憂げな顔を窓外の空に向けていた。 僕も君の視線をなぞるように空を仰いだが、ただひたすらに青い空が広がっているだけだ。強いていうのであれば、薄い雲が風に流れてゆったりと移動しているのみ。 教室の喧騒が大きくなる中、僕と君だけが雲の行く末を見つめていた。 観光客で賑わう中、黙々と城跡の解説を読みこんでいるあなたを見つけた。ほとんどの人
2022年1月16日 00:20
個展の協賛企業であり、先ほど出会った恵の教え子である衛の母親、植木順子は仁美と目の前にある写真を見比べていた。「詩君とはお知り合いだったんですか?」「ええ、まあ」 そうですか、と優しく笑う順子はどこか嬉しそうだ。「詩君」と呼ぶ彼女の話しぶりや微笑みから、順子は自分とは違う詩への想いがあったのだと察した。 突然現れた順子に驚いたのは仁美だけではなく、隣で固まっていた恵はクラスの生徒の保護者
北鎌倉駅のホームへ降り立ち、端に置いてある一つだけの改札口に交通系ICをかざして駅を後にした仁美は照り付ける日差しを一瞥して額に手を置く。後ろで先ほど乗っていた電車が鎌倉へ向かってゆっくりと走りだしていた。混みあっている乗客はほとんど鎌倉行きで、仁美と同じく北鎌倉に降りた人は数人しかいない。「あっちじゃない?」 恵が指さす方を見て仁美たちは歩きだした。「珍しいよね。恵が食事以外で誘ってくる
2022年1月16日 00:19
曇天の空とは一転して、地上には真っ白な雪が深々と降っていた。歩く人は厚手のコートにマフラーを顔半分まで巻いて寒そうにしている。 病院に入った順子は息が上がるも、肩や頭に積もった雪を払いながらかまわず受付に行き、面会の手続きをした。前のめりになる気持ちのせいか、それとも悴む手のせいなのか、書いている字が震えている。 手続きを済ませた順子は急ぎ足で病室へ向かう。なぜなら今日の昼、詩から個展に展示
仕事終わり、今日も病室で詩とミーティングをしていると、ドアがゆっくりと開いて紗香が顔だけ出していた。「お兄ちゃん、今入っていい?」 人見知りなのだろうか、紗香は初めて会う順子の顔を極力視界に入れないようにしていた。詩が眉を上げて順子の判断に任せるといった顔をするので、「どうぞ。ごめんね、お兄ちゃん独り占めしちゃって」と手招きした。優しく笑う順子を見ていくらか警戒心を解いた紗香はドアを開け
2022年1月16日 00:18
仕事のない休日、順子は子供を旦那に任せて電車に乗り、降りた先の近所の花屋に立ち寄った。若い女性店員に相談して黄色やオレンジを基調とした小ぶりの花束を購入してから病院へと入った。受付の女性に部屋番号を聞いてその病室へと向かう。 普段来ない病院、しかも病棟は見るものや景色、すべてが新鮮だった。順子が想像していたより病棟の雰囲気は賑やかで、入院している患者も廊下に出たり通り過ぎる病室からは笑声が聞こ
そろそろグラスが空になる頃、なみなみとビールとハイボールの注がれたグラスを三つ手にしたマスターが持っていた二つを晴香たちの前に出し、代わりに空のグラスをカウンターの裏に引いていく。そして持ってきた残りの一つに口をつけて、ぐびぐびと飲んでいく。マスターは常連客だけになると自分も飲み始めるのだ。「それで二人はどうなんだ。こっちのほうは」 マスターがカメラを構える格好をしたので晴香が現状を大まかに
2022年1月16日 00:17
「ちょっと、早く歩かないと間に合わないって」 晴香が振り返った先には苦しそうにネクタイを締めながら重たい足を上げて気怠そうに階段を上っている詩がいた。普段着慣れていないスーツに相当違和感があるようだ。そういう晴香も紺のドレープドレスにハイヒール、髪も上品にアレンジしており、時折ガラス窓に映る自分の姿を見て恥ずかしくなる。ドレスは家にあった一張羅を引っ張り出してきて、ヘアメイクは美輝にしてもらった
2022年1月16日 00:01
立て看板を店頭に置いた晴香は吹き出る汗を手の甲で拭った。都内のスタジオに辞表を出してから早二週間、晴香は『笹崎写真館』で働いていた。 笹崎写真館での業務内容の基本は前のスタジオとほぼ変わらない。店に着いたらまずパソコンでメールや今日の予約の確認、それからお客が来る時間を逆算して機材のセットや構図を事前に考えて準備しておいて、撮影に臨む。 辞表を出した時、全員が晴香に呆れていた。「なんでそんな
2022年1月16日 00:00
銀座駅から上がった江崎晴香はその暑さに深くため息をついた。地下から上がってきた地上は自動車と太陽の熱によって蒸されているように暑かった。もしかしたら「地獄に落ちる」という言葉は天から見た地上なのかもしれない。 晴香はできるだけ日陰を通って駅から徒歩五分ほどのところにある高層ビルを目指して歩いていた。道を一本挟んだ先までのところで信号に引っかかってしまい、足を止める。目の前に高くそびえるビルを見