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『かき氷にシロップを』

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『かき氷にシロップを』4-2

『かき氷にシロップを』4-2

 参道と歩道が交わる場所で淳也は腕に着けている時計を見る。それから思いだせる歌を口ずさんだり、少し歩いてみたりしているが、一向に時間は進まない。夕暮れでも暑さはなかなかしつこく、淳也は額からこめかみにかけて流れる汗を拭く。
 信号が青になるたびに反対側から甚平を着た親子や、華やかな浴衣を身にまとった女の子たちが歩いてくる。参道の入り口では帽子をかぶったおじさんが雲のような綿あめを作っていた。
 カ

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『かき氷にシロップを』4-1

四杯目 オリジナル「私は!」と祭が言いかけたと同時にばたんと扉が閉じられた。
 一人残された祭の耳には先ほど出ていった淳也の言葉が響いている。どうしていきなり夏祭りの話なんかしたのだろう。祭も淳也も浩平が亡くなったあの日から一切その話題には触れてこなかった。淳也が気遣って口にしないことは以前から気付いていたが、なぜ今さら、しかもこのタイミングで?
雑念を払いのけるように首を左右に振って、祭はシロッ

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『かき氷にシロップを』3-4

『かき氷にシロップを』3-4

三杯目 託する味「お釣りは大丈夫です」とドアが開くなり淳也は運転手に告げてタクシーから飛び出した。
 国際線のチェックインカウンターの前には待つ人の列がいくつもできており、フロアを往来する人も皆腰の高さまである大きなキャリーバッグをごろごろと引いている。
『おかけになった電話をお呼び……』
「なんで出ないんだよ」とアナウンスの途中で通話を切って、淳也はあたりを見回す。もともとこの土地は海外から来る

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『かき氷にシロップを』3-3

三杯目 託する味 教室を出た淳也たちは食堂で食器を返却して、そのまま地下の開いている席に着いた。ここはフライドポテトやクレープなどのサイドメニューだけしか売っていないので、昼休みが終わっても談笑が沸き上がっている一階とは違い、座っている人はまばらで静かだ。
 淳也は改めて向かい側に座る浩平をまじまじと見る。白のTシャツにジーパン、サンダルとシンプルな服装で、日に焼けた褐色の肌、鼻の下にはうっすらと

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『かき氷にシロップを』3-2

『かき氷にシロップを』3-2

三杯目 託する味「って!」
 淳也が目を覚ますと、そこは大学の大教室で中央にある教卓にはマイクを持った教授がぼそぼそと講義をしていた。席の前方に座っている生徒は教授の話に耳を傾けていたりペンを持って何かを書いたりしているが、淳也がいるニ、三列前の席に座っている学生は淳也と同じように机に伏して寝ていたりスマホをいじったりしている。誰も淳也の声に気づいた様子もなく、数年前に見ていた懐かしい時間が流れて

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『かき氷にシロップを』3-1

『かき氷にシロップを』3-1

三杯目 託する味 夏と言えば学校のプールや夏休みの宿題、ほかにも海に花火にと連想する人はいるかもしれないが、矢野淳也にとっての夏は昔も今も変わらない、ここ『すだれ屋』だ。
家から近所だったため、両親に連れてこられていた淳也にとってすだれ屋は第二の家とも呼べるほど、落ち着く空間だ。

「どう淳也、できそう?」
 家の中央にある小さな庭に立っている祭が淳也のいる屋根を見上げて声を張った。先日降った雨が

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『かき氷にシロップを』2-5

『かき氷にシロップを』2-5

二杯目 誠実味 視界が開けたかと思えば、落雷のようなけたたましい泣き声が聞こえて薺は瞬時に尻尾をぴんと張り、全身の毛を逆立てる。
 何事かとキッチンから飛び出てきた薺は声のする方へと駆け寄る。高くて見えないがベビーベッドで寝ている自分がこの叫び声をあげている。
「二人とも何しているのよ」
 猫の姿ではどうすることもできず、苛立つ薺の前に大量の洗濯物を両手に抱えた正太郎がお尻でドアを開けて入ってきた

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『かき氷にシロップを』2-4

『かき氷にシロップを』2-4

 二杯目 誠実味

 風が止み、カーテンが元の位置に戻ったとき、薺に見える景色は再び変わっていた。。玄関にいた薺は開き放しのドアからリビングへ入った。家具の配置から今薺が住んでいる一戸建てだと気づく。見慣れた部屋だがまだ人のにおいがしない。
そんな新築のリビングの窓際にどんと置かれているベビーベッドを覗き込む正太郎と静香の顔は幸せそのものだった。
「お、カンキチも見たいか」
 よいしょ、と正太郎に

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『かき氷にシロップを』2-3

『かき氷にシロップを』2-3

二杯目 誠実味 意識が朦朧とする中、遠くで男性の騒ぐ声が聞こえる。やけに喜んでいる様子だがまだ瞼がうまく開かない。
「……?」
 薺は顔にまとわりつく毛のような感触に違和感をおぼえる。マフラーでも巻いているのだろうか、連日三十五度を超える真夏の夜に? 
 その選択を削除した薺はとにかく瞼を開くことに集中する。すると、案外簡単に視界が開けた。
 薺がいる場所は先ほどまでいた茶の間とは異なり、リビング

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『かき氷にシロップを』2-2

『かき氷にシロップを』2-2

二杯目 誠実味

「はい、ええ、いえいえ、こちらは大丈夫ですので」
 今どき珍しい固定電話を前に話している祭の後ろで薺はいきおいよくそうめんをすする。そうめんのつるりとした食感に水を打たれたような清しさが体に走る。その後に遅れてくる生姜や薬味の香りがさらに食欲をそそる。
 食卓にはそうめんと薺も手伝って作ったナスや大葉、そしてカボチャなどの夏野菜の天ぷらが大皿にこんもりと盛られている。野菜はどうや

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『かき氷にシロップを』2-1

『かき氷にシロップを』2-1

二杯目 誠実味 城を囲んでいる堀の水面が夕日を反射してスポットライトのように瞬く。そのきらめく水の中で水鳥が気持ちよさそうに水浴びをしている。

「じゃあ、またね」
 二人の友達に「ばいばーい」と手を振った杉原薺(なずな)は二人とは反対方向へと自転車をこぐ。キコキコと錆びた車輪の回る音が不意に寂しく感じる。
今は八月中旬、夏休み真っ只中の薺は午前中から友達と会い、映画を観てカフェでケーキを食べなが

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『かき氷にシロップを』1-5

『かき氷にシロップを』1-5

一杯目 青春味

 目を開けると前にいる祭が優しく、そして少し心配そうに笑っていた。あたりを見渡しても黄金色の月はどこにも見当たらず、代わりに空が紅く染まっていて、その中を二羽のカラスが優雅に飛んでいる。
 呆然とする樹が手を見れば、そこにはすでに溶けて液体になったかき氷の入ったコップがあり、手の平が濡れている。
「もうすぐ閉店時間だと思って外に出たらお客さんが寝ていて。あまりに気持ちよさそうに寝

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『かき氷にシロップを』1-4

『かき氷にシロップを』1-4

 一杯目 青春味 暖かくて涼しい風が体を優しく包む。夕方の気温も暑いが、風はきちんと夜の風になっているから助かる。
 隣でアイスの実をおいしそうに食べている美有は足をぶらぶらと前に出して行動によって感情を表している。美有の髪が夕日にきらめく海のように輝く。
 樹はこの光景を懐かしく思う。当時、サッカー部に所属していた勇磨と一緒に帰ることはほとんどなく、樹は高校生活の大半を美有と帰っていた。この時間

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『かき氷にシロップを』1-3

『かき氷にシロップを』1-3

 一杯目 青春味何も見えない。
 眼球を動かして周りを確かめてもそこは右も左もないただの黒い空間だ。そうだ、自分はかき氷を店先で食べて、そこで急に眩暈がして意識がなくなった。自分の現状を理解した樹の鼻にくすぐったい感覚と不思議なにおいが漂ってきた。耳を澄ますと遠くで誰かの声もする。ゆったりと、一定のリズムで流れてくるその匂いは鼻の奥を震わせるつんとしたものだが、どこか懐かしいものがあった。
 その

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