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「少数派の僕たち」

 教室で盛り上がっている集団の隙間からちらりと見える君は、物憂げな顔を窓外の空に向けていた。
 僕も君の視線をなぞるように空を仰いだが、ただひたすらに青い空が広がっているだけだ。強いていうのであれば、薄い雲が風に流れてゆったりと移動しているのみ。
 教室の喧騒が大きくなる中、僕と君だけが雲の行く末を見つめていた。

 観光客で賑わう中、黙々と城跡の解説を読みこんでいるあなたを見つけた。ほとんどの人たちが素通りしているのに、あなたは一つ一つ立ち止まり、顔を上げたかと思えば城壁に近寄り、頬をつけるほど凝視する。私もあなたの二つ後ろの解説を追いながら鬱蒼とした林を仰いだ。
 目の前に戦乱の世に築かれた城が確かに聳え立っていた。

 海辺で粘着質のある歓声を上げる若者や海を背にして写真を撮りまくる大学生を横目に僕は海岸の端まで歩く。確かに海は煌めいて、遮るものがなくどこまでも広がっており、気分が上がらないことはない。だけれど、同時に大きすぎて自分という存在が本当にちっぽけなんだと知らされる。静かな海の底では生死をかけた戦いが繰り広げられているかもしれない。海はただ綺麗なだけではない。
 隣の崖が高くなり、砂浜に影が伸びる。ひんやりとした空気を吸い込んで僕は履いていたサンダルを脱いだ。人の気配が遠ざかっていくが、それでも僕はずんずん奥へ進んでいく。細い足跡を目印に。
 きっと僕は世間の中でも少数派だろう。もっと楽しく、効率よく生きた方が幸せなんて根も歯もない言葉が飛び交う世の中で生きていくのは肩身が狭い。

 辿っていた足跡が途切れたと思って顔を上げた。あっと声が漏れる。さざなみにかき消されるほど小さな声だった。
 誰もいない砂浜に座っていたのは君だった。潮風に髪を靡かせ、乾いた頬に一筋の跡がある。そんな君はふと背筋を伸ばしてこちらを振り返った。やはり瞳は充血していたが、それがとても美しく感じた。

 彼女の後ろに広がる大海原は鼓動のように満ち引きを繰り返して、静かに見守っている。
 僕は彼女の隣に腰を下ろして、遠くを眺めやる。先ほどは鼓動に聞こえた波音が、時折啜り泣いているように聞こえた。

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