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『テイク・ユア・マークス』

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辻林駿は友人の亮太に半ば強引に水泳部の入部体験に連れて行かれる。 そこで偶然出会ったのは、小学生の頃に一度だけリレーを組んだ、そして駿が長年恋をしていた市倉栞だった。 栞がい… もっと読む
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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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十八、インターハイ

 ……速え、強そう。
 周りの高校生を見まわして、駿はプールサイドで委縮していた。強靭な肉体も、実際に速いのも当たり前だ。駿はスタート台の後ろに張ってある幕を見上げた。
『全国高等学校総合体育大会水泳競技』
 いわゆるインターハイ。高校生の日本一を決める大会のプールサイドに水着姿でいる自分がいまだに信じられなかった。「リレーに出ろ」と言われて、半ば強引に連れてこられた。周りは

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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十七、インターハイ選手

「暑いな」
 駿は照り付ける日差しに目を細める。
 朝一番の便で空を移動した駿は新潟空港へ降り立った。北陸は雪国のイメージで、夏も涼しいかと思えば見事に期待を裏切られた。調べると盆地のために冬は寒くて夏は暑くなるらしい。
新潟県民は大変だなあ、と呑気なことを考えていると栞の両親ら敷夫婦が声をかけてきた。
「駿君ひさしぶり。おじさんのこと、覚えてるかな?」
 変わらず凛々し

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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十六、抜擢

 夏休みに入り、部活は午前練習に変わり、土曜日は二部練をするようになった。
 九州大会の結果、栞の個人の二種目と男子の四継がインターハイに行くことになった。しばらく試合のない駿たちでも、秋にある新人戦に向けて時間のある夏休みは追い込み時期だ。
 今日のメインは駿の苦手な長距離のメニューでわきの下当たりの筋肉が痛くてたまらない。長い距離になるとほかの部員との力の差が歴然とする。一本目は

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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十五、九州大会②

 以前、帰り道で話したことを馬淵はどう感じているのだろう。今、馬淵にどんな言葉をかけたらいいだろう。
 準備を終え、プールに入ろうとする馬淵の背中を見て咄嗟に口を開いた。
「今日のリレー、四人全員応援するけん。馬淵も」
 馬淵は振り返ることも返事をすることもなく、プールの中へ飛び込んでいった。

 やはり、九州大会ともなるとスタート練習をする人やアップで泳いでいる人たちのレベル

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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十四、九州大会① 九州大会は隣の佐賀県の屋外プール、しかも三日目が月曜日ということもあり、出場しない駿たちは公欠届が出せない。そのためサポート組は人数を二分して土日に行くことになった。すでに夏の太陽となっている日差しの下での被害を減らすために顧問の後藤が提案したのだ。
 くじ引きをした結果、駿が行くのは二日目の日曜日。とりあえず栞のレースがある日でほっとした。
 土曜日に行かない組は通常の朝練を行

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十三、違和感「あいつ、明日も優勝狙ってるな」
「栞はそういうやつなんよ」
 二人で微笑して応援に戻る。
 ところが、やはり最終組。強者の中で二、三泳と少しずつ順位が下がっていく。三泳が七五メートルを過ぎた時点で御原高校は四位争いをしていた。
「馬淵、行ったれ!」
「入賞あるぞ!」
「オー…… セイ!」の掛け声とともに馬淵が見事に引き継ぐ。アンカーの競り合いはより一層激しくなり、駿たちも元々ある応援

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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十一、デビュー戦① 開会式が終わり、いよいよ県大会一日目のレースが始まる。初めは女子二〇〇メートル自由形から始めるため、駿は控え場所に戻って応援の準備をする。 競泳はプログラムに沿って競技が進行していき、その都度時間がずれたりする可能性もあるので注意しておかなければいけない。一組目がスタートをして、会場に応援が響き渡る。部活の時とはけた違いの、空気が震えるほどの声援が全面から聞こえる。
「さすがや

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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十、県大会② 予想以上の人数による騒々しさと熱気に頭がくらくらしてくる。その様子を笑ってみている亮太は奥にある本プールの方へ歩いていく。本プールとアップ用プールをつなぐ通路に長椅子が数列並んでいる。
「ここが招集所。受付と点呼する場所かな。ここで受付せんと試合出れんから気をつけとき」
 会場に入った直後はまばらだった長水路も、今や渋滞状態。駿は小学校の授業でやった洗濯機を思い浮かべていた。
 初め

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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九、県大会① 緊張しすぎで目覚ましの鳴る前に起きてしまった。夜はまだ日も出ておらず、鳥も虫も寝ているのかやけに静かだった。仰向けのまま体を伸ばしてからベッドから起き上がる。トイレで用を足し、キッチンへ行って朝ごはんになる食材を探す。パンをトースターにセットして冷蔵庫の中にあったウインナーを油の引いたフライパンの上に出す。
パチパチと音を立てるウインナーを定期的に転がしていると「おはよう」と後ろから

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連載小説 『テイク・ユア・マークス』

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八、絶対なんて 四月は桜の花のようにあっという間に過ぎ、日差しが強くなり始める五月に入った。
 この三週間は駿にとって驚きの連続だった。
 初めに練習時間を聞いた時、正直「そんなものか」と感じた。サッカーをしていた時は五、六時間やり、土日は二部練習や練習試合で一日潰れることが普通だった。
 それに比べたら二時間半で終わり、必ず週に一日休みがあるなんて天国だと思っていた。
 そうやって高を括って挑ん

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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七、特別練習
 放課後、言われた通り練習前の準備を終えて全員がホワイトボードの前に整列する。今日は初日で勝手がわからなかったため、陸トレをする時間はなかった。
「それじゃあ、今日から本格的に練習を始めるね。一年生も入ったばかりやけど、試合は五月から始まるし、県大会は六月。各々時間を有効に使うように」
 それから主将の祐がメニューを説明するのだが、ホワイトボードに書かれている文字に駿は首をかしげてい

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六、栞
 さっそく次の日に駿は清原のところに入部届を出して正式に水泳部員となった。用紙を受け取った清原は一瞬だけ驚いた表情をしたがすぐに笑みを浮かべる。
「一緒に頑張ろうね」
 清原に聞いたところ、昨日の見学兼体験に来た一年生は全員入部することが決まっているらしい。
 昼休み、さっそくプール前に集合して二年生からあらかたの仕事をざっくり教えてもらった。
 練習は月曜から土曜日の計六回。日曜は基本休

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連載小説『テイク・ユア・マークス』

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五、二人の友
 すっかり外は暗くなり、駅のホームの蛍光灯には小さな虫が集まっていた。ベンチに座っていた駿はたまらず大きなあくびを零す。少しでも目を閉じれば一瞬で熟睡できそうだ。睡魔と格闘していると、
「ねえ駿君」と両手にペットボトルを持っている栞が目の前にいた。
「どっちがいい?」
 じゃあ、と右手を差して三ツ矢サイダーをもらう。栞は駿の隣に腰を下ろして足をパタパタと動かす。栞と肩が触れるほどの距

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『テイク・ユア・マークス』

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四、リレー

 夕日はさらに紅く染まり、駿は思わず目を細める。祐の指示でプールの四隅にあるライトが煌々と光り出す。
「よし、それじゃあちょうど十六人だから四人四チームね。順番も書いてある通りで。今回は一年生を上級生が挟む形で組んでるけん。確認したら二泳と四泳の人は反対側に回って」
 清原と一年の女子が全員に見えるようにホワイトボードの向きを変える。
 先輩たちがボードの前に集まっている後ろから駿も

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