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アオバト繁華街【短編集3】

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【短編】君さえいなくなれば、いい街

【短編】君さえいなくなれば、いい街

君はあの街からいなくならない。
黒髪をくるくる巻いて、上品な顔で、品質が悪くなった人々の傍にいる。
断片的で、君という人間をちゃんと伝えられる自信はないけれど、
君の、アセビの話をしよう。

「すっご…」
俺の部屋を見て、女が言う。これは3年前、俺が高校を出て働き初め、すぐにやめて、仕事とは言えない小遣い稼ぎを始めてすぐの頃。
女の名前は、アセビ。最初アワビって呼んでて、なんかやだぁと言われたのを

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【短編】夢があると言えず、流れ落ちる

【短編】夢があると言えず、流れ落ちる

俺さ、夢があるんだと言って彼の口から出てきた言葉は、青く輝く槍となって、真っ直ぐに私めがけて飛んできた。かわす準備はできている。こんなものを避けるの、お手の物。そんな自分が嫌だった。

子供は2人欲しくてさ、その子供と休日は公園でサッカーして、帰ったらミカの手料理が待っててさ、毎週末が記念日みたいで、息子ができたらスポーツやらせるんだ絶対、めっちゃ練習相手になりたいし、一緒にランニングとかもできた

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【短編】忘年しつつ、私、曲書く毎分

【短編】忘年しつつ、私、曲書く毎分

信じられないくらい時が過ぎるのが遅い。
ノルマ未達の私、新しい動きもない私、新人ではなくなった私、
全ての属性から解き放たれて、
キャラ付けしようにも難しいと思われてしまう、
そんな自分をこの空間から消し去りたい。
しかし逃してこないのが隣のおばさんだったり、正面のおじさんだったり、
左斜め前の、少年が如き新卒くんだったりして、
口角を上げたまま動かさず、何回もハイボールに口をつけた。

仕事の愚

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【中編】ファッキン・グラジュエイト

【中編】ファッキン・グラジュエイト

今日が卒業式である、と気づくまで数分かかった。そうだ、卒業式だ。いつもの通り天井はぼやけて見えるけど、今だんだんクリアになって、頬のあたりにスマホの革製ケースの感触を覚え、気だるい毎朝と状況は変わらないのだけれど。

スマホのバイブ機能が私の頬を揺らす。右手の指でスリープ状態を解除し、充電ケーブルを抜いて、眼前至近距離に画面を表示させる。

「依子おはよ!」
「南口集合ね」

私は巧みなフリック入

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【掌編】卒業、進路と「食」の趣味

【掌編】卒業、進路と「食」の趣味

卒業の前日に、俺は「天下一品」に行って、こってり味のライスセットを頼んで食べた。母からもらったお小遣いはすっかりなくなってしまった。

月に6千円をもらい、昼食は食堂で200円のミニ豚丼を食べ、帰ったら麦飯と味噌汁、野菜炒めを食う。母は野菜炒めしか作れない。

月にできる贅沢は、「天下一品」や「壱角家」、「餃子の王将」、それから「一蘭」で炭水化物を食うことだった。
友人と呼べる人間も高校にはいたけ

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【短編】視野の広さは大切

【短編】視野の広さは大切

MFがするべき訓練は、技術よりも、視野を広げることなのではないか。
それはサッカーをやったことがない私でも、この数週間で気付いた。

サッカーは本当によくできている。
攻めるか、守るかの二極化が激しすぎず、互いが適度に鬩ぎ合いつつ、選択肢を模索する余白が瞬間瞬間に存在する。この余白に、次の進撃への足掛かりを描く役割こそ、MFであるのだろう。
彼らは視野を広げ、様々な選択肢を頭の中に思い描き、最適な

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【短編】ビー・アフェクティング, ガール.

【短編】ビー・アフェクティング, ガール.

アイドル事務所の運営を行い、世界的にメガヒットするグループを育てる。
そんなコンセプトのゲームだった。
正社員で就いた仕事をやめて、告白という過程を踏まずに、ウェディングドレスのような肌色の広告デザイナーと共同生活をしている。
そんな私は彼に対して「いつか絶対、私の作品を売って、そのお金で新婚旅行に行こう」と伝えていた。
私は絵もそこそこで、DTMの扱いもそこそこで、文章力もそこら辺の人間と比べた

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【中編】エンプティ―になりかけの私は大体飲み会で70点のウケをとる。

【中編】エンプティ―になりかけの私は大体飲み会で70点のウケをとる。

会社の上司から呼び出され、同期2人もいる指定された居酒屋に向かった。
私は取引先への挨拶に行って、2つ上の女性人事と(ガールズトークと商談の中間みたいな)ご挨拶を交わした後だった。

その後2時間くらい、リモートワークと称して、巨大な本屋の中にある寂しいベンチに座り、社用PCを見もせずにタンブラーの中にある緑茶割りを飲んでいた。

本屋では何も買わなかった。角川ホラー文庫の新刊を手元に持っていて、

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