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【短編】忘年しつつ、私、曲書く毎分

信じられないくらい時が過ぎるのが遅い。
ノルマ未達の私、新しい動きもない私、新人ではなくなった私、
全ての属性から解き放たれて、
キャラ付けしようにも難しいと思われてしまう、
そんな自分をこの空間から消し去りたい。
しかし逃してこないのが隣のおばさんだったり、正面のおじさんだったり、
左斜め前の、少年が如き新卒くんだったりして、
口角を上げたまま動かさず、何回もハイボールに口をつけた。

仕事の愚痴や、理想の話が落ち着けば、
後半は恋愛の話だ。
将来の展望、大人なんだからと言って結婚の話をしきりに出してきて、
そんなプライベートな話をここで公にしたがるのは、
大人の態度としてどうなのかとか、そういうことを言いたくなって、
結局私の動作は変わらない。
「いないですねぇ」と笑顔になりながら、ハイボールのジョッキにキスをし続ける。

これで全て諦めきっていたら、喪女として一貫性があるのかもしれない。
でも私は別れた元彼と少しだけ連絡をとっているし、
少しだけ修正を加えれば健全な形で復縁できるのではないかと思ったりしているし、
保険としてマッチングアプリを入れて、
中身が大事とかプロフィールに書きながら、
なんとなく雰囲気が良いイケメンを厳選してしまっている。

会社という組織にも染まらず、
遊び尽くすこともなく、
ただ宙ぶらりん。
居酒屋の天井には不釣り合いな、
安っぽいシャンデリア風の電燈。
私はあれと同じだ。ただ浮いて、少しだけ奇を衒っている。
この人たちより、ひとつ次元が違う幸福に、
私は出会えると、胸部の片隅で思っているんだ。


話さず、お酒だけは飲む。
7杯飲んだ。頭は宙に浮かびそうなほど軽いが、それでも言葉選びは変らない。私は、人間全体を信用していない。
私を気遣っているのか、冷やかしているのか知らないが、
先輩の女性社員がひたすら2軒目に誘ってくる。
2軒目と言っても忘年会組は分散する。
パートナーのもとへ帰るもの、ワンチャンを求めて2軒目に行くもの、
私はワンチャンのための緩衝材として、
念のためその場に挟み込まれるのだ。
「ごめんなさい、明日実家に帰らなきゃいけなくて」
「深田さん、明日お休みだっけ」
「そうなんです、有給とってて」
「あ、そっか。おっけおっけ、ゆっくり休んでね!」
ゆっくりしていろ、むしろお前なんか誘っても邪魔だったんだから。
そんな視線ではない。でもきっと、内心はそうだ。

ひとり別れ、改札口を抜けて、ホームへ。
この路線を使う同僚がいない。それが唯一の救いだった。
以前はひとりいたけど、体調を崩してやめてしまった。

体調なら私もとっくに崩している。
気持ちだってボロボロ。
それでも何故か知らないが、社会の中で生きる事に、
どこかで私は依存している。
それは経済的理由でもなく、
居場所的な意味でもなく、
すごくマゾヒスティックな動機から...


私は帰ってから冷蔵庫にあるビールを2缶あけた。
そして、左右に大きく揺れる頭を必死におさえつけ、
ノートにペンを走らせた。
言葉は湧いてくる。以前との繰り返しでも構わない。
言葉は繰り返されても陳腐にはならず、
文脈を毎度異なるものにすることで、むしろ強いものになる。
核となる言葉が私の中で繰り返され、
それは歌詞になり、音に乗り、このネットで数百人の心を震わせる。

心地いい韻律に惑わされつつ、
私の言いたいことは何なのか見定める。
信頼もないのにそれを演出する人々、
そこに安心感を求めて、結局絶望する純粋さ、
そして何も期待しなくなった私に、
この「歌」という手段がということ。
この手段は、手段であることを忘れ、いつしか私自信の「生」となる。
私の「生」が、「歌」になり「詞」になり「音」になるのだ。

インターネットで知り合ったビートメイカ―から、
数トラック入ったパックを買った。
マイナーな人だったから、他の人に使われていない。
そのくせ、ジャジーな雰囲気で、やけに個性があった。
しかし、私が乗りこなせるもので間違いなかった。

ノートが言葉で埋まり、何度も復唱する。
パソコンから音を流しつつ、発声と歌う流れをイメージする。
既に夜中の3時、何度だって繰り返す。
これを「予行練習」や「リハーサル」と呼べば、
それは仕事になる。
しかし私は、今、この確認作業自体が好きでたまらず、
私が私として存在していいと思える、
そんな瞬間でもある。

マイクがある、部屋の端の防音ブースに行き、
ヘッドフォンをつける。傍らにパソコンを置き、再生。

私は忘れる。私が私でなかった365日を、これから全て忘れる。
そして初めて、私は生きられる。

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