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無口で臆病なくせに、書きはするんだね、君。

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  • 子宮外生命【短編集1】

  • ベッドタウン・グリズリー【短編集2】

  • アオバト繁華街【短編集3】

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ハッピー・パッシング・インディペンデンス【短編】

誕生日から2日後。 ひとしきり、終えた。この部屋を中心に動いていた自分は、今日でいなくなる。わたしの空間であると頑張って主張するため、壁や窓、ドアにまで貼り付けていた散文やポスター、カレンダー。積読本もすっかり消え去り、案外小さな段ボールにおさまっている。紙の本だから引っ越し業者に持ち出される衝撃で、折れるかもしれない。折れていい。折れたら折れたで、わたしの人生の中にある本だって自慢できるようになるから。 「しず、もう準備できたの?業者さん、来ちゃうわよ」 私が1度だっ

    • 俺たち4人で「家族」をやってみている。

      サイゼリヤからの帰り道、ひと駅先あたりにあるので、15分ほど歩く帰り道だ。4人の男女が静かに歩いていた。 夏の暑い夜だった。 麦わら帽子をかぶり、細くスラッとしていて、黒いワンピースを身に纏い、グッチのハンドバックを片手に歩く母親。 彼女の1m後ろ、スマートフォンを耳にあて、友人と爆笑しながら会話する弟がいる。長い髪がぬるい風に揺られ、ぶっといピアスが見え隠れする。 割腹がよく色黒な父は、何も言わずどこかへ消えてしまった。西武ライオンズの会員限定キャップを被ったり脱い

      • 【掌編】ペンギン殺し

        ペンギンを手に取って、その場で引き摺りまわしてみた。ペンギンが愛らしい生き物だからか、彼らが地面にこすりつけられ、鮮血を散らす様を誰も想像したことがない。 私はこうやってペンギンをひきずり回す自分の神経と腕を尊敬している。ペンギンを動物園で見て、可愛いと手放しに喜んでいられるなら、まだ社会的に存在価値があっただろうし、私はつまらなくも細やかな幸せを手にしていただろう。 だけど、私は私の腕を信用している。ペンギンを無残にも殺して見ることができるのだ。まだ死んでいなかった。ぎ

        • 「自己紹介します」

          在来線に乗って小倉で降り、そこから新幹線で一気に東京まで向かった。東京駅からJRや地下鉄に乗って帰る道は、今になっても覚えられずにいる。九州から東京へ帰るのは、既に5回目だった。 都内の実家で、3階に上がる。小学生の時に買ってもらった青い机は、濁り、汚れつつもずっしりと部屋の隅に設置されている。その上には九州まで持っていくのが面倒だった本が数冊乗っていた。 俺は木の椅子に座り、少しだけ表面をなでる。懐かしむような動作を、ひとりわざとらしくやったら、削れた部分が指にひっかか

        • 固定された記事

        ハッピー・パッシング・インディペンデンス【短編】

        マガジン

        • 子宮外生命【短編集1】
          8本
        • ベッドタウン・グリズリー【短編集2】
          6本
        • アオバト繁華街【短編集3】
          8本

        記事

          「桜の樹の下に自分の死体を埋めに行く」

          月曜日に休みをとった。日曜日の夜、外に出ようと思っていたからだ。日曜日の夜ならそんなに人はいないだろうと思ったからだ。 公園にはちょいちょい人がいた。ベンチに腰掛けるカップルや大学生、おばさんがいた。 大学生が俺の向かいから歩いてきて、お互い気付かずぶつかりそうになった。 俺は何も言わなかった。向こうは「すんません」と申し訳なさそうに俺を避けた。 俺は振り返った。大学生は足早にカーブを曲がっていき、消えた。 今、25歳だ。今年で26歳になる。 高校生のころ、自分よ

          「桜の樹の下に自分の死体を埋めに行く」

          【中編】エンプティ―になりかけの私は大体飲み会で70点のウケをとる。

          会社の上司から呼び出され、同期2人もいる指定された居酒屋に向かった。 私は取引先への挨拶に行って、2つ上の女性人事と(ガールズトークと商談の中間みたいな)ご挨拶を交わした後だった。 その後2時間くらい、リモートワークと称して、巨大な本屋の中にある寂しいベンチに座り、社用PCを見もせずにタンブラーの中にある緑茶割りを飲んでいた。 本屋では何も買わなかった。角川ホラー文庫の新刊を手元に持っていて、中間ぐらいまで読み進めていた。 横溝なんとか賞をとった作家が、4作目で明らかに茶

          【中編】エンプティ―になりかけの私は大体飲み会で70点のウケをとる。

          【中編】ファッキン・グラジュエイト

          今日が卒業式である、と気づくまで数分かかった。そうだ、卒業式だ。いつもの通り天井はぼやけて見えるけど、今だんだんクリアになって、頬のあたりにスマホの革製ケースの感触を覚え、気だるい毎朝と状況は変わらないのだけれど。 スマホのバイブ機能が私の頬を揺らす。右手の指でスリープ状態を解除し、充電ケーブルを抜いて、眼前至近距離に画面を表示させる。 「依子おはよ!」 「南口集合ね」 私は巧みなフリック入力で「おはよ、おっけい」と返信した。寝起きだからと言って、無愛想になりすぎないよ

          【中編】ファッキン・グラジュエイト

          【短編】朧になったら

          朧月って空気中の水分が多くなって空を見た時に霞んで見えるってことから生じる現象の名前だから、月側からしたら、急に地球人が見る目変えてくるの不思議でしょうがないだろうな。 そんなことを言う謙介は禁煙の公園内で堂々と紙巻きたばこを吸って、足元に捨てた。ナイキのスニーカーでぐりぐり煙草を踏みつぶす様は、地球を少しでも痛めつけてやろうという、プチ憎悪みたいなものを感じさせた。 「春になると寒い時期を越えたってこともあって、少しだけ色々なことを考える余裕が出てくるじゃない。だから昔

          【短編】朧になったら

          【短編】視野の広さは大切

          MFがするべき訓練は、技術よりも、視野を広げることなのではないか。 それはサッカーをやったことがない私でも、この数週間で気付いた。 サッカーは本当によくできている。 攻めるか、守るかの二極化が激しすぎず、互いが適度に鬩ぎ合いつつ、選択肢を模索する余白が瞬間瞬間に存在する。この余白に、次の進撃への足掛かりを描く役割こそ、MFであるのだろう。 彼らは視野を広げ、様々な選択肢を頭の中に思い描き、最適なルートからゲームを作り始める。その最適なルートにボールを辿らせようとする時、初め

          【短編】視野の広さは大切

          痛ェ

          考えていることがまとまらない内に、頭をフライパンで殴られたんだった。それによって、自分の人生にどのような影響が出るのか。冷静に今後のライフプランをたてようとしたが、意識は遠のくばかりで、思考能力と一緒に脳味噌が頭頂部から漏れ出て、正面にぶちまけられた。 葬式代とか、絶対高いんじゃね。無理だべ、弟の給料とか遺産だけじゃ。 実際俺の頭部は無事で、若干の出血とこぶで済んでいたのだが、その時は自分の人生が終わるなーと、さらっと思った。 走馬灯という現象が、自身の生きてきた人生から

          社会福祉業界のルーキー(恋した女が闇金まみれ)は次の日普通に仕事ができるのか検証してみた。

          「見た映画はね、これから世界が発狂していくんだって諦めた主人公が、自分の周りだけはせめて楽園であってほしいって願うところから始まるの」 今から思えば、彼女が願ったのは、そういう閉じた領域を防衛するような恋愛の形だったんじゃないかって思う。 彼女が話した映画は、俺も見たことがあった。主人公は最低最悪のテロリストとして日本中から忌み嫌われた存在。そんな彼の願いは、ガールフレンドと家族の平穏だった。それらをおぼやかす可能性のある要素を、テロで徹底的に破壊していく、という内容だっ

          社会福祉業界のルーキー(恋した女が闇金まみれ)は次の日普通に仕事ができるのか検証してみた。

          【掌編】卒業、進路と「食」の趣味

          卒業の前日に、俺は「天下一品」に行って、こってり味のライスセットを頼んで食べた。母からもらったお小遣いはすっかりなくなってしまった。 月に6千円をもらい、昼食は食堂で200円のミニ豚丼を食べ、帰ったら麦飯と味噌汁、野菜炒めを食う。母は野菜炒めしか作れない。 月にできる贅沢は、「天下一品」や「壱角家」、「餃子の王将」、それから「一蘭」で炭水化物を食うことだった。 友人と呼べる人間も高校にはいたけれど、俺がカラオケにもゲームセンターにも行きたがらず、サイゼリヤやガストにもつい

          【掌編】卒業、進路と「食」の趣味

          恋した年上女性との話

          恋した女性が闇金まみれだった。 闇金から50万借りている。 ウシジマくんの漫画通りの金利だと、彼女は言っていた。 2回会った後、3回目会おうと連絡をしたところ、彼女は死にたがっていた。 彼女は本当に死ぬかもしれない。言葉選びに虚弱さが感じられた。 やけにひらがなが多かった。寝転がりながら、無表情で指だけ動かしているのだろうと思った。 僕にも金がなかった。 数ヶ月先の賞与分を彼女にやろうかとも思ったが、そんな心の余裕はなかった。 彼女を見捨てることに決めた。 こちらから金を

          恋した年上女性との話

          【短編】ビー・アフェクティング, ガール.

          アイドル事務所の運営を行い、世界的にメガヒットするグループを育てる。 そんなコンセプトのゲームだった。 正社員で就いた仕事をやめて、告白という過程を踏まずに、ウェディングドレスのような肌色の広告デザイナーと共同生活をしている。 そんな私は彼に対して「いつか絶対、私の作品を売って、そのお金で新婚旅行に行こう」と伝えていた。 私は絵もそこそこで、DTMの扱いもそこそこで、文章力もそこら辺の人間と比べたらそこそこだ。もう少しで何かしら作れる気がしていた。 そんな私と相対して、彼は何

          【短編】ビー・アフェクティング, ガール.

          このくそったれな命の中で、生きていてよかったと思えてしまう理由

          文学好きで物書き志望の人間は、朝日に照らされた窓際のウッドデスクで小説を書かなければいけないのか。 それともデスクライトのみに照らされた、積読まみれの四畳半で過ごさなければいけないのか。 決してそんなことはない。本はそれなりにあり、それ以外のものもあり、陽の光の入り具合もまぁまぁで、それなりに社会人をやっている人間でも、文章は書けるのだ。 以下はフィクションが混じっている。 僕の在り様を誤解しないでいただきたい。 僕の仕事は人身売買だ。 発展途上国からやってくる人々を下請

          このくそったれな命の中で、生きていてよかったと思えてしまう理由

          モヤモヤの断片置いておきます第一弾

          世間から集まるバッシングを、お風呂に溶かして2人で入ろ。 同棲はヘルメットが必須って、先に言ってくださいよ監督。 付き合うまでは賭けで、付き合った後は積み立て投資。 書けぬ書けぬじゃねぇ、駆けろ、欠かさず。 クラゲはふわふわ漂うしか能がなくて、 頭でっかちだけど脳がない。 俺たちと同じだよな。 酒飲んでも飲んでも満ちなくて、その空洞を彷徨う帰り道。 味噌汁も作れねぇのかって怒鳴るだけの貴方に作るものなんかありません。 はじめての自炊。炊いた米が臭かった。いくらか

          モヤモヤの断片置いておきます第一弾