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子宮外生命【短編集1】

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記事一覧

傍観【短編】

傍観【短編】

この出会いは20分で完結した。20分の間に、彼女との時間は意味を持ったし、それで充分だと思っている。

そこは俺の住む町から1時間足らずで着く米軍基地のある土地で、夜になりかけた半端な暗さの中で、国籍の分からない者同士が路上で口喧嘩をしているようなところだった。

傍から見ている分には愉快で、何も害はなかった。いい見世物だなと思いながら、俺はひとり、のんびり歩くことができた。

街を気取って歩く人

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【短編】焼肉ペンギン

【短編】焼肉ペンギン

 友人、と表現したくもない、不快な男が、俺に声をかけてきた。いつもの如く、突然の電話で。
「今日、夕方の6時にT駅の改札口前に来てくれ。飲みに行きたいんだ」
 飲みの席、というものを楽しむ男だった。ヨダレの垂れる汚い口内を恥ずかしげもなく晒し、ガハガハ笑う男だった。
 しかし、その時の声に、まるで陽気さはなかった。ただ、根から陽気かと問われれば非常に微妙なラインの男であったから、それほど気にしなか

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高枕のパンダ【短編】

高枕のパンダ【短編】

 死に際に気付いたってもう遅い。俺らはこの世にやりたいことを幾つも残したままにする。だが、生きているうちにそれら全部を完遂することはできない。

 仕事で1日のToDoを全部こなして、爽快感と疲労感がミックスされた心地よい渦を体の中に作る。そして、その渦の中にチューハイを混ぜ込んで、ぐるぐるにして快眠が完成する、というわけにはいかないのが人生なのだ。

 こう語っているのは1K3畳に住み着く21歳

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独居の女【短編】

独居の女【短編】

実家に置いてある私のシャンプーががぶがぶ減っていき、数ヶ月経って家族の共有物に成り果てていたことに嫌気がさしていた。それが主な理由といえば嘘になるけれど、おそらく、主な理由、ってほど大きな動機付けはなかったのだ。他に言えば、私の飲みたいものを目一杯冷蔵庫に詰めたいのに、腹の足しにも気持ちの切り替えにも役立たないしょうもない漬物がたくさん入っていたり、母がそこから自慢の一品を押し付けてきたりするのに

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「ワニ」と会った話【短編】

「ワニ」と会った話【短編】

書き物をする時は、シラフの時に限るべきだ。そう思っていたけれど、彼のことを忘れそうになるから、何かしらの形で書き留めておこうと思った。

ワニとは、歌舞伎町で出会った。「ワニ」というのは、通り名のようなもので、彼の横にいる露出の多いお姉さんが教えてくれた。

僕はいつもの仕事帰り、新宿方面まで足をのばして、歌舞伎町に入った。その理由は、好きなラッパーのライブがあるからだった。新宿内部にある小さなク

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ブギーマンと潮風【短編】

ブギーマンと潮風【短編】

 潮風が臭い。この風が運んでくる臭気は、そこまで心地いいものではない。

 それは単純に、俺がこの場所に住み続け、風に対していちいち文句を言うくらいには暇だからかもしれない。しかし俺は、それだけではない、とどこかで思っている。

「じゃ、行ってきまーす」

 そう言って3階建ての一戸建てを出たのが数分前。母からは「行ってらっしゃい」と言われたきりである。大学はどうしたのとか、ダラダラしてばっかじゃ

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【短編】渚の裏切り者

【短編】渚の裏切り者

日本の海岸線を辿っていき、外周を計算すれば、12,000キロ。
日本にある道路の総長は、国土交通省によれば、1,281,793.6キロ。
道路上、パトカーで走り回って彼女を探すより、僕はもっと効率的な方法を知っている。海辺を走ればいい。
彼女が好んで訪れる場所は、小さな海辺である。そこに訪れる時、彼女は何かしら、回答を知らない問いに直面している。
美しい海を眺めつつ、他愛もない雑談を繰り返し、海辺

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ハッピー・パッシング・インディペンデンス【短編】

ハッピー・パッシング・インディペンデンス【短編】

誕生日から2日後。

ひとしきり、終えた。この部屋を中心に動いていた自分は、今日でいなくなる。わたしの空間であると頑張って主張するため、壁や窓、ドアにまで貼り付けていた散文やポスター、カレンダー。積読本もすっかり消え去り、案外小さな段ボールにおさまっている。紙の本だから引っ越し業者に持ち出される衝撃で、折れるかもしれない。折れていい。折れたら折れたで、わたしの人生の中にある本だって自慢できるように

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