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【短編】ガガンボ・ナイトクラブ

病室で愛する親友が死んだ経験なんてない。だからそれを経験したアーティストのような価値や強さが私にはない。隣で退屈そうにスマートフォンをいじる依子が死ぬ妄想をした。そうなったらいいとかは思わない。だけどそうならないことが、私が今の私にしかなれない要因ではないかとも思うのだ。

依子はよく分からない子だ。酒を飲むけど騒ぎはせず、オタクではないけどアニメに詳しくて、煙草をバカみたいに吸うくせにランニングが習慣化しているベジタリアンだったりする。セフレも多いが、彼らと博物館や植物公園に行ったりするし、事後でシャワーを浴びた後は眠りにつくまで読書したりする。

依子は酷い人間ではないが、確実にまともな人間ではないと思う。だから私が彼女に対して率直な批判を述べても、私の中に罪悪感が生まれることはない。それはまともではない依子に、私の言葉なんて永遠に届かないという悲しい信頼があるからだ。

だから私はメロンソーダを飲みながら、
「依子が死んだら、私は変われるかもしれない」
と言った。
依子はスマホから目を離さなかった。スマホに表示されているのはウィキペディアだった。ケニアのカルト集団が洗脳した信者を数百人餓死させたという内容が書いてあった。教祖はドラッグ中毒者の依存先を巧みに自教団へ移し替えたそうだ。
依子はミルク味がかかった白い顔をしていて、金髪で16Gのピアスがいくつか耳に突き刺さっていて綺麗だった。

「私、周りでとんでもない悲劇が起きたこともないし、自分が苦しい状況に立たされたこともない。コンビニでご飯は買えるし、自炊はしたい時にするので充分だし、彼氏もいるし、結婚を見据えて一応進めてるし、仕事もそこまで負荷になってるわけじゃない。客観的に見れば私は今の私のままでいれば充分幸せだと思う」

依子はまだ私の方を見なかった。依子は文字を読むのが早い。既にケニアの記事は終わっており、「依存とは」みたいな抽象的な内容のページに遷移していた。

それは依子にとって全く自然なことのようだった。虐殺も不埒も罪悪感も彼女の周りを漂って、自然と空気に紛れて、やがて透明になる。

私はその後ずっと喋っていた気がするし、依子は私に対して何か話題を振って、少し難しくて分からなくて、結局そのカフェにいたのは1時間足らずだったと思う。

依子はその後クラブで私を置いてけぼりにして、体の部位が全部とれるんじゃないかってくらい跳ねて踊っていた。ひとりで、表情を変えずに。

細くて脆そうな体を労わることなく、光を浴びながら、依子は乱暴に体を振り回し続けた。それは何かに向けて足掻くようであった。しかし「足掻く」と表現するほど苦しそうでもなかった。

私はなぜかガラガラのレディースシートに座って、キンドルで綿矢りさを読んでいた。その夜に私の状況が変わるような事件は何も起きなかった。

何かいいことあると思って、毎日生きてるんだけどな。

依子はそう愚痴る私を見て不思議そうな顔をした。


依子が四肢を切断された状態で見つかったのは2年前の話だ。
山手線とか総武線とか湘南新宿ラインとかが通っている緑色の鉄橋の傍で発見された。黄色いゴミ袋の中に詰められて、放置された自転車の後ろに隠れるかのように捨てられていたらしい。

2年前は、私と依子がクラブに行ったり喫茶店や居酒屋に行ったりした日々と重なっていた。

その時期、「依子が死んだら、私は変われるかもしれない」と言った私が確かにいた。そして今の私はあの頃と何も変わっていない。相変わらず私の周りではのほほんとした平和が続いていて、私の日々は生ぬるい温水プールを平泳ぎで進むような退屈さに満ちていた。

依子は私に対して絶望しか寄越さなかった。

マッチングアプリで左と右に指を動かす。それは身長くらいの高さに伸びた草木を掻きわける感覚に似ている。

その先に何があるか分からないが、とにかくそうしなければならない冒険者(or 遭難者)のような、果てのないそれ。私はとても体力がもたなかった。マッチングアプリ自体をスワイプで終了させ、「バチェロレッテ3」をアマゾンで開いた。

理論的に恋愛を語る男性がたくさん出てきて、彼らの顔がため息を誘うほど美しくて、マッチングアプリに向き合う時とは違った苦しみが感じられる。こんなに美しい男たちにこそ、私は自身の内面を明かせない。

いつか私が「停滞した毎日」と日々を認識するようになって、彼氏になった美青年たちへ「死んでくれたら、私は変わるかも」とか言いだそうものなら、私は元あった「それ」へ逆戻りだ。

依子は私に対して絶望しか寄越さなかった。
そして絶望と退屈は違うのだと、私はじわじわと知っていく。

部屋に籠り、私は小さな体を更に縮めて、布団にくるまりスマートフォンを見つめ続けた。サナギのように、いつか羽ばたく自分を育むように、大事に大事に体を抱えて布団に潜っていた。

私は自分との対比で依子を思い返し、彼女は羽を生やして脱皮した状態だったのかと適当に考えてみる。

そして「脱皮」という言葉の前向きさが依子に全く似合わないという結論に至る。

彼女の体がクラブにまみれたあの街に離散していったように思った。

依子は自分の手で、自らの体を切断してしまったのではないかとすら思う。


ここまで読んだなら、この下に貼ったnoteも読んでください。

読まないと、あなたは数週間以内に体をザクザク切り刻まれてフレーク状になって豚の餌になります。その豚は全国の小学校に給食の材料として出荷されます。
あなたが読みさえすれば、上記のような猟奇テロを防げます。


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