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【短編】夢があると言えず、流れ落ちる

俺さ、夢があるんだと言って彼の口から出てきた言葉は、青く輝く槍となって、真っ直ぐに私めがけて飛んできた。かわす準備はできている。こんなものを避けるの、お手の物。そんな自分が嫌だった。

子供は2人欲しくてさ、その子供と休日は公園でサッカーして、帰ったらミカの手料理が待っててさ、毎週末が記念日みたいで、息子ができたらスポーツやらせるんだ絶対、めっちゃ練習相手になりたいし、一緒にランニングとかもできたらいいな。

彼の想像する理想の世界の縁の下で、ミカとかいう女をはじめとした多くの人間たちが踏ん張っていること。それに対して、何か思うところはないのかって言ったら、私は幸福を妬む嫌な人間になるのだろうか。そんなに毎週末手の込んだ夕食を作れるかって、私だったら無理。

彼の言葉は常に青く、輝く。この世界を自らの正義で切り開いて、理想は必ず実現させる。実現させられると疑わない、目と声色。青い春。既に冬で、寒い。

彼は脳内のユートピアを自らぶち壊すかの如く、私の頬をいたずらにつまむ。女のメイクが簡単に崩れることを知りもしないで、なんなら顔に触ること自体、肌荒れにつながると知りもしないで、つまむ。この悪戯が、彼の安土・桃山城を守る防壁を崩す。その自覚がない。無能な城主。未来に光しか見えていない、目の眩んだ間抜けな城主。

私にはあなたの姿がいまくっきり見えていて、その色黒な肌が闇の深さに見えて、気分が悪くなると言いたくなるが、あんまつまむと伸びるって、というおもんない返しでかわす。おもんないのに、彼は大爆笑する。

彼は笑えるのだ、何にでも。それは、面白い・面白くないの規準が極端にゆるいからだ。つまらないものがこの世にないと信じ切っており、視野狭窄に陥っている。

私はそんな彼を笑顔で見つめつつ、スクリュードライバーをグイッと飲む。


終電に駆け込むことができた。金曜日のJR線で会社員や大学生、何をしているのか不明なオヤジに圧し潰され、めちゃくちゃな髪になったところで最寄りに着いた。

改札を抜け、出口へ向かう。住宅が少ない方面であるため、私以外にその出口を使う人はいなかった。AirPodsの電源を入れ直し(電車の中では無音になっていた)、ヨーロッパ方面のドリル系プレイリストを開く。私は英語が分からない。しかし、もう歌詞なんて聞き取る時代じゃないとアジア人のビートメイカ―が言っていて、今では日本の曲すら歌詞に目を通さない。
頭をわずかに振りながら、出口から出て、ラーメン屋とドラッグストアを通り過ぎる。

人の気配がまるでない住宅街に入り、いかつい音を吸収しながら、

なぜか涙が出た。

ここがシカゴであってほしい。私は無垢な一般市民として射殺されたい。
そして泣かれたい。悼まれたい。

でも、実際は「なんだかんだいい人だったよね」「たしかに」と寂しげな会話を気まずそうにしてもらって、そこそこのお酒が入れば地元トークに移行する友達以下他人以上の者達が脳裏に、脳裏に。
泣きたい、涙は出ているが、私は泣けていない。
こんな誰も見ていない所ですら、私は泣けないのだ。
自分の部屋に戻っても、どうせ。

これから考えられる全ての可能性を洗い出して、
最適なところを選んでいく。
そういう生き方が似合うよ。
助言なのか、励ましなのか、皮肉なのか、揶揄なのか、
よく分からない言葉を残していった、元・元・元彼の中指。
やけに綺麗だったことを思い出した。
顔は狐みたいで、全然タイプじゃなかったけど。
でも、そんなタイプじゃない人を選んで、
なんだかんだそれを受け入れて、
我儘になれないまま、最適解にしようと、
不器用に努力した私に、何か褒美が欲しかった。
当然そんなものはなく、
欲しがりな自分と、それを隠す自分、
両方嫌いになって、今日も煙草を吸って、
騙し騙し寝るんだ。そう思うと、声も出ず、
涙だけは無駄に流れ続けた。

俺さ、夢があるんだ。
そう言った、「男友達」風な彼。
彼を羨ましいと、死んでも思いたくない。
そんな自分が大嫌いなままの夜だった。

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