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暮らしの記録

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#日記

6本の木

6本の木

ゆるやかな勾配が続く砂利道を、ゆっくりと降りていくと見慣れた人影があった。
大家さんだ。
わたしの住んでいるアパートは、公道から脇道に入って少し歩き、同じような形のアパートをいくつか通り過ぎたら、一番どんつきの山を背に立っている建物だ。
周囲のアパートの住人とは、同じ村に住む住人のような感覚で、顔を合わせれば互いに会釈する。しょっちゅう顔を合わせる人もいれば、同じ建物に住んでいたとしても生活リズム

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帰省

帰省

一年ぶりに実家に帰る。

小さい子どもを連れての長距離移動は勇気がいるものだ。電車で1時間、新幹線で2時間、そして車で3時間、合計6時間の道のりだ。
小田原から指定席に乗り込む。どうか隣の席に人が来ませんように。祈る気持ちでベビーカーをなんとか席の前に押し込んで、娘を膝に乗せると新幹線は動き出す。隣の席は空いたままだ。良かった。これで娘が泣き声をあげた時には席を立つことができる。前回の帰省のときは

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身近な人の言葉は素通りしやすいけれど

身近な人の言葉は素通りしやすいけれど

最近、夫の方がわたしよりも娘の扱いがうまい。
娘が泣いたときに泣き止ませるツボも心得ているし、笑いのツボも心得ているので、夫と遊んでいるとき、娘は終始大爆笑している。

でも、それ以上にわたしにとって意味があるのは、娘にごはんを食べさせるのがうまいということ。

食べ物の好き嫌いがはっきりしてきた時期ということもあり、最近の娘は偏食が目立つ。特に白米を食べたがらないので食事が一向に進まない。お気に

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夢を語りあえる関係は美しい

夢を語りあえる関係は美しい

「僕、宇宙飛行士になりたい」
ある日の午後のことだった。
わたしは台所に立ってお昼ごはんの準備をしていた。横では夫が座っていつものようにスマホを眺めている。そんな夫が不意にこちらを見つめて言った。

わたしは返事をせずに夫をまじまじと見つめた。夫はいたって普通の表情で「どう思う?」と重ねた。

聞きたいこと、言いたいことは色々あったけれど、それよりもまず口から出たのは「いいと思う」という言葉だった

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我が家の朝活事情

我が家の朝活事情

我が家の朝活をご紹介させてください。
まず、朝、目覚めます。起きる時間はその日によって変わりますが、夫が外出する時間に合わせて早くなったり遅くなったりします。

妻のわたしは起きるとまず、電気ケトルでお湯を沸かします。その間に電動ミルでコーヒー豆を砕いてコーヒーを淹れる準備をします。

お湯はすぐに沸かないので、待っている間に果物を切ります。その日冷蔵庫にある果物で、キウイやリンゴ、バナナがよく登

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14年間、送り続けられた段ボール箱

14年間、送り続けられた段ボール箱

シャワーを浴びていると玄関のインターホンが鳴った。我が家はどうも朝9時ごろに配送される区域らしい。ちょっと朝寝坊して布団の中でインターホンを聞くはめになったことも少なくない。急いで通話口に走り、荷物を外に置いてもらう。
「雨だから早めに入れてくださいね!」
そんな元気な声を通話口越しに聞きながら、手早く着替えた。
届けられたのは、どっしりと重たい段ボール箱だった。表には、天地無用やら、水濡れ厳禁と

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誕生日はいつもと変わらない朝から始まった

誕生日はいつもと変わらない朝から始まった

我が家の玄関の扉を開けると、細い廊下の先に行く手を塞ぐように突っ張り棒がかけられていた。そしてその棒にはまるで暖簾のように画用紙がぶら下げられていた。画用紙には、「誕生日、おめでとう」の文字が。下の方には小さく、「焼き鳥食べ放題、お茶飲み放題、ケーキもあるよ」という文字も。

手作りの暖簾をかいくぐり、扉をあけると、懐かしい音楽が聞こえてきた。これは夫婦の思い出の曲。
「いらっしゃいませー!」

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あなたの一歳の誕生日は、私のためだった

あなたの一歳の誕生日は、私のためだった

昔から、特別な日には予定を思いっきり詰め込んでしまう癖がある。

例えば、両親が遠く離れた地元からやって来るとする。そうすると親の都合はともかく、やれこの美術館に行こう、やれこの店が美味しいから行こう、また、景色が良いから遠回りして歩こうだの、散々連れ回して一日の終わりにはヘトヘトになっている。

ただ単に、予定を立てることと予定をこなすことに慣れていないのかもしれない。比較的、物事をこなすのに時

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理解するのは、決断したあとでも良い

理解するのは、決断したあとでも良い

昨晩観た映画で、ひとつの会話が印象に残った。

主人公は、未来を知る力のある女性と語っていた。
主人公はこのように言った。

「(あなたが未来を知っているなら)俺に選択の余地はない」と。
しかし女性は答えた。「選択はもうしている。ここへ来たのは理由を知るためよ」

女性は主人公に対して、自分が未来を知っていようとも、あなたは自分の選択でここに来たのだと言った。そして、ここへ来たのは自分の選択の理由

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深夜に夫婦で料理をしながら、取り止めのない会話を繰り広げる

深夜に夫婦で料理をしながら、取り止めのない会話を繰り広げる

『結婚は、生涯の遊び相手を手に入れることだ』

これは夫の言葉。

結婚当初から、いや結婚前から言っていた。

ところで、遊び相手と言うからには、実際的に何がしかの遊びをするのだろうか。それとも比喩的に「人生は遊びだ」と言うこと?

夫の言葉の真意を、ことさら深く考えることも問い直すこともなかったけれど、「遊び相手だ」と言われる度に、「そうだね」と同意もできない日々が続いていた。

というのも、私

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一年間「大変だった」と言えることも「良かった」と言えることも、大切な人がいたから

一年間「大変だった」と言えることも「良かった」と言えることも、大切な人がいたから

「今年はどんな一年だった?」何度となく夫婦の間で繰り返されていた質問は、その度に違う答えになった。

単純に「良い一年だったね」と言う時もあれば、過ぎた一年を通して経験したこと、出会った人のことを振り返りながら、印象に残ったことを話すこともあった。

でもある日、夫が同じ質問をした時、「一年間大変だった」という言葉がつるりと口から出てしまった。

言葉にすると、苦々しい感情がふっと心の中に落ちてき

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家族そろって風邪を引いた夜

家族そろって風邪を引いた夜

習慣のように開いた天気アプリは、気温17℃を示していた。とはいえ、数字よりも体感というやつをもっと重視している私は、窓から差し込む暖かい光に騙されてまだ暖かいのだと勘違いをしていたらしい。
衣替えはとっくに済ませていたのにもかかわらず、いつまでも夏服に少し着込んでいる程度の格好で、家の中でも外でも過ごしていた。
でも、風邪を引いてしまったのは格好のせいだけではない。地域柄なのか、やたらと乾燥するの

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秋風が石鹸の香りを運んできた

秋風が石鹸の香りを運んできた

恥ずかしい話、出産後はずっと朝寝坊だった。朝8時過ぎてしまうのは当たり前。大抵は9時を少し回ったあたりでようやく目覚め、それから一日の活動を始めるのだ。娘が何時に起きているのか、それすらわからないていたらく。私が目覚める時にはすでに娘は起きて、側で遊んでいる。

言い訳をするならば、就寝時間が遅いのだ。それしかない。いかんせん終わらせなければならない仕事は多いのに、子どもが元気に這い回ったり(最近

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当たり前のことを当たり前に

当たり前のことを当たり前に

「じゃあ、洗い物ジャンケンしようか」
夕食を終えて、空になった皿を前に夫が言う。これは我が家の恒例の光景だ。負けた方が洗い物をする。
最初はグーと言って、手を出す夫に対して、わたしは後出しジャンケンをして勝利する。これもお決まりのパターン。わたしは我が家においてジャンケン無敗なのである。要するに、夫は毎日食器を洗ってくれる。

当初は、料理をしていない方が食器を洗っていたような気がするが、いつの間

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