土井 大輔

"勇気や希望を与えられる人になる" 🇯🇵→🇫🇮→🇯🇵 instagra…

土井 大輔

"勇気や希望を与えられる人になる" 🇯🇵→🇫🇮→🇯🇵 instagram.com/daisuke_d.22

マガジン

記事一覧

4度目の手術

先日、僕は人生で4度目の手術を受けた。 2016年に初めての手術を受けてから、約7年間で4度の手術を受けている。 これまでは手術を受けることに迷いがなかったけれど、今回…

土井 大輔
10か月前
12

不撓不屈〜完〜蹴球人生

・まえがき2021年を最後に18年間の蹴球人生が終わった。 「サッカー」 たかがスポーツかもしれないが、辞めてから思う事はこれ程にまで熱くなれるものはないということ。 …

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僕の大切な10記事を書き終えて

1. noteを書き始めて約1か月初めてnoteを書き始める前に10記事を頭の中に描き、題名を作って保存していました。 1か月の間に書き終えることを目標にしていたので、とりあ…

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人は必要な時に必要な人と出会う

「人は必要な時に必要な人と出会う」 この言葉を初めて知ったのは半年ほど前ですが、 その日からずっと僕の心に強く残っている言葉です。 これまでのnoteを見て下さって…

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念願の海外初挑戦(フィンランド)

夢に見ていた海外初挑戦。 2020年1月にフィンランドへ向かいました。 大学4年間、怪我で先が見えない時でもこの時の事をずっと考えて頑張ってきました。 出発前は楽しみも…

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勇気や希望を与えられる選手(大学生時代 番外編)

4年間色んな場所に行き、色んな人達と出会う中で沢山考えさせられる時間がありました。 そんな中怪我と向き合い続ける中で 新しい目標が生まれました。 勇気や希望を与え…

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グロインペイン症候群との4年間 (大学生時代 最終編)

グロインペイン症候群との4年間。 フィンランドに行くまでを簡単にまとめました。 今回の記事は1年9ヶ月のリハビリから復帰した後から海外に行くまでの話、そして4年間で…

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1年9ヶ月のリハビリから学んだこと (大学生時代 後編)

2016年10月から始まったリハビリ生活。 2017年4月にサッカーを辞めた方が良いと伝えられましたが、諦めることは出来ませんでした。 グロインペイン症候群に詳しい病院を探…

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怪我を我慢し続けても意味はない (大学生時代 前編)

怪我を抱えながらプレーする。 これを美談にしてはいけないと思います。 最終的な判断をするのは本人ですが、怪我を我慢してプレーを続けるのはリスクが高いです。 怪我の…

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本気になれば人は変われる (高校生時代) part2

今回はpart1の続きの話です。 僕が変わるキッカケを掴めたのは、先生が常に本気で向き合ってくれたからです。 そして生きていく上で大切なことを常に教えてくれたからです…

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本気になれば人は変われる (高校生時代) part1

僕は大阪の大商学園高校に入学しました。 最初の練習参加でもう辞めようと思いました。笑 1年生の僕らは最初の1ヶ月はボールを触れる時間はほぼありませんでした。ひたす…

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忘れられない唯一のやらない後悔 (中学生時代)

中学生までの僕はサッカーをするのが嫌いでした。 小学生の時のトラウマが残っていたからです。 中学生になる前に小学生の時のチームにJrユースがあるという事で部活では…

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1度夢を諦めたキッカケ・自律神経失調症 (小学生時代)

幼稚園からサッカーを始めた僕は兵庫県の西宮SSというチームでサッカーを始め、小学生の頃もそのチームでプレーしました。 このチームの出身の選手で有名な選手を出すと堂…

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4度目の手術

4度目の手術

先日、僕は人生で4度目の手術を受けた。
2016年に初めての手術を受けてから、約7年間で4度の手術を受けている。

これまでは手術を受けることに迷いがなかったけれど、今回は手術を受けるという「選択」をするのにかなり悩んだ。

なぜなら「今」の自分と「過去」の自分とでは全く状況が異なるからだ。

今は仕事をしていて、新しくやりたい仕事に向かって、目標を持って勉強をしている。
選手としての活動より仕事

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不撓不屈〜完〜蹴球人生

不撓不屈〜完〜蹴球人生

・まえがき2021年を最後に18年間の蹴球人生が終わった。

「サッカー」
たかがスポーツかもしれないが、辞めてから思う事はこれ程にまで熱くなれるものはないということ。
サッカーを通して、沢山の出会い、沢山の経験をした。辛い時間の方が多かったが、その分良いことが起きた時の喜びは大きかった。
決して誰かの見本になれるような蹴球人生ではない。選手として結果を何も残せなかった。
だが、出会った人に影響を

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僕の大切な10記事を書き終えて

僕の大切な10記事を書き終えて

1. noteを書き始めて約1か月初めてnoteを書き始める前に10記事を頭の中に描き、題名を作って保存していました。

1か月の間に書き終えることを目標にしていたので、とりあえずそれが出来て良かったです。
(マガジンにしてまとめたので是非読んでください🙇🏻)
          ↓ ↓
      「僕の大切な10記事」

思っていたよりも沢山の方々に読んで頂いていることに少し驚いています。

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人は必要な時に必要な人と出会う

人は必要な時に必要な人と出会う

「人は必要な時に必要な人と出会う」

この言葉を初めて知ったのは半年ほど前ですが、
その日からずっと僕の心に強く残っている言葉です。

これまでのnoteを見て下さっている方々には分かると思いますが、僕にはこれまで様々な状況の中で
沢山の人との出会いがありました。
何気ない出会いが
もしかしたら自分を救ってくれる
貴重な出会いになるかもしれません。

高校生の時に恩師と出会わなければ、
今の僕

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念願の海外初挑戦(フィンランド)

念願の海外初挑戦(フィンランド)

夢に見ていた海外初挑戦。
2020年1月にフィンランドへ向かいました。
大学4年間、怪我で先が見えない時でもこの時の事をずっと考えて頑張ってきました。

出発前は楽しみもありましたが、不安もありました。
なぜなら今回の挑戦で契約出来なかったらサッカーは辞めると決めていたからです。

僕が参加したのは3部リーグのチームです。
監督はイギリス人で元プレミアリーグの選手でした。

やっぱり向こうの人達は

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勇気や希望を与えられる選手(大学生時代 番外編)

勇気や希望を与えられる選手(大学生時代 番外編)

4年間色んな場所に行き、色んな人達と出会う中で沢山考えさせられる時間がありました。

そんな中怪我と向き合い続ける中で
新しい目標が生まれました。

勇気や希望を与えられる選手になりたい。僕はサッカーを辞めた方が良いと言われてから1人のサッカー選手の記事を見ました。

その選手は現在鹿島アントラーズに所属している
内田篤人選手です。

当時はドイツのシャルケに在籍していました。
リハビリに身が入ら

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グロインペイン症候群との4年間 (大学生時代 最終編)

グロインペイン症候群との4年間 (大学生時代 最終編)

グロインペイン症候群との4年間。
フィンランドに行くまでを簡単にまとめました。

今回の記事は1年9ヶ月のリハビリから復帰した後から海外に行くまでの話、そして4年間で感じたことを書きました。

それまでの話が気になる方は
是非前回の記事を見て下さい🙇🏻

僕は大学1年生の頃から卒業後絶対海外でプレーすると決めていました。
どんな状況になってもその目標を見失う事はなかったです。
ですがその目標を

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1年9ヶ月のリハビリから学んだこと (大学生時代 後編)

1年9ヶ月のリハビリから学んだこと (大学生時代 後編)

2016年10月から始まったリハビリ生活。
2017年4月にサッカーを辞めた方が良いと伝えられましたが、諦めることは出来ませんでした。

グロインペイン症候群に詳しい病院を探しました。
埼玉県にある病院を見つけ、1度診察を受けに行きました。
「しっかりリハビリをすれば、また復帰出来る」
と言ってもらいました。
僕は1ヶ月間その病院でリハビリに取り組みました。

この場所での経験はこの先の僕自身の

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怪我を我慢し続けても意味はない (大学生時代 前編)

怪我を我慢し続けても意味はない (大学生時代 前編)

怪我を抱えながらプレーする。
これを美談にしてはいけないと思います。

最終的な判断をするのは本人ですが、怪我を我慢してプレーを続けるのはリスクが高いです。
怪我の強度にもよりますが。
場合によっては何年もずっとその怪我と向き合い続けなければならなくなるかもしれません。
そうなると最終的に本人が1番苦しい思いをするという事を僕は学びました。

僕は岡山県のIPU環太平洋大学に入学しました。
毎年全

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本気になれば人は変われる (高校生時代) part2

本気になれば人は変われる (高校生時代) part2

今回はpart1の続きの話です。

僕が変わるキッカケを掴めたのは、先生が常に本気で向き合ってくれたからです。
そして生きていく上で大切なことを常に教えてくれたからです。

正直先生からサッカーの戦術的な事をほとんど教えてもらってません。

人として当たり前のこと、社会に出た時に大切な事を学びました。理不尽だらけだったけど、先生の言葉を素直に自分の中に染み込ませる事が出来たのは大きかったです。

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本気になれば人は変われる (高校生時代) part1

本気になれば人は変われる (高校生時代) part1

僕は大阪の大商学園高校に入学しました。

最初の練習参加でもう辞めようと思いました。笑
1年生の僕らは最初の1ヶ月はボールを触れる時間はほぼありませんでした。ひたすら走りや筋トレ。

今まで良い環境で軽い気持ちでサッカーをしていた僕にとっては想像した事がない世界でした。

何より当時の顧問の先生が怖すぎました。
初対面でいきなり怒られたのは忘れられません。

でもその人こそが僕自身が変わるキッ

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忘れられない唯一のやらない後悔 (中学生時代)

忘れられない唯一のやらない後悔 (中学生時代)

中学生までの僕はサッカーをするのが嫌いでした。
小学生の時のトラウマが残っていたからです。

中学生になる前に小学生の時のチームにJrユースがあるという事で部活ではなく、クラブチームでのプレーを選びました。

でもすぐ辞めて、部活でサッカーがしたいと思いました。
やはりクラブチームなので、県内の色んな場所から集まって、練習中から互いが要求し合う場所でした。

小学生の時と変わらず病弱で弱気な性格だ

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1度夢を諦めたキッカケ・自律神経失調症 (小学生時代)

1度夢を諦めたキッカケ・自律神経失調症 (小学生時代)

幼稚園からサッカーを始めた僕は兵庫県の西宮SSというチームでサッカーを始め、小学生の頃もそのチームでプレーしました。
このチームの出身の選手で有名な選手を出すと堂安律選手が西宮SSに所属していました。
上手い選手が沢山いて、市内の大会だけでなく、色んな大会で優勝しました。小学校5年時には関西大会で優勝しました。ですが、その時には僕はそのチームにはいませんでした。

当時の僕は精神面が本当に弱かった

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