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書評

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#恋愛

辻村深月(2022)『傲慢と善良』朝日文庫

順調に暮らしていたはずなのに突如失踪してしまう婚約者。事情が分からず行方を捜す男性は、彼女の人生を少しずつ辿りながら想いを重ねていく。現代日本を生きる一人の女性と男性の傲慢と善良。やがて明らかになるすれ違いと選ぶということの結末。

恋愛や結婚というものがその当事者の全人格をかけて臨むことであるからこそ、好きという感情だけでは片付けられない。現代社会の生きづらさを隠すことなど出来ず、その全てに向き

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もちこ(2019)『「運命の恋」のはずなのに、どうして私の彼氏じゃないんだろう』KADOKAWA

無慈悲な失恋を経験した筆者によるツイッター文学の集大成たるエッセイ集。恋と失恋にまつわる様々な思いを同世代に向けて寄り添いながら伝えている。前向きな恋を応援していく基調に仕上がっている。

「最後は幸せになれるはず」、結局そう信じて腐らずに動き続けられる人が幸せになれるのだろうか。正解のない、無限の組み合わせのうごめく情動を、人間同士なんとかして乗りこなして皆で幸せになっていきたい。

堂場瞬一(2022)『小さき王たち 第三部:激流』早川書房

政治と報道をめぐる三部作の最終部。新しい世代は古来の因縁をどのようにして乗り越えていくのか、鮮やかに描き出していく。舞台が現代となり、政治と女性とか、絶対的な信念の揺らぎとか、そういったものが題材になっているのがもっともらしい。

最後に、表題の「小さき王たち」について。小さな選挙区からその土地の理屈で選びだされる日本の政治家をよく表した言葉だと思い本書を手に取った。期待するほど選挙制度に対する批

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堂場瞬一(2022)『小さき王たち 第二部:泥流』早川書房

早熟の少し浮かれた様相だった日本社会の雰囲気をよく表した描写のなかで、第一部に続いて政治と報道の関係をモチーフに物語は進む。少し創作味が濃いが、断っても断ち切れない人間関係の存在を読者に伝えるには分かりやすい描写でもある。

今作でもパートナーの存在の大きさが際立つ。仕事の展開と並行して、主人公たちのプライベートも進行していく。どんな人間にも公私の両面がある。そんな当たり前の現実が微笑ましくもあり

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島本理生(2020)『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』幻冬舎文庫

一人の女性と、エイズを持った年上男性の、ある恋の物語。相手を思いやるとか、気遣うとか、そういった優しい感情の運び方が、落ち着いた文体で綺麗な言葉で記されている。読むと温かな気持ちになる一冊。

エイズに限らず、技術は進歩しているのに社会の偏見やそれを受けた自己規制がなかなか拭えないでいる現象は多い。一人の人間そのもの全てを、お互いにつき合わせる恋愛という関係性の持つ凄みを感じることが出来る。

凪良ゆう(2022)『汝、星のごとく』講談社

どうしてこうにも人間はままならないのだろうか。それでいて、愛おしいのだろうか。人の感情をむき出しに描くことで、この世の中を生きることの現実と希望を指し示してくれる一冊。同時にそれまでの家族の形に縛られない、新しい生き方に向け背中を押してくれる。

夢と挫折と、恋愛と依存と、社会と家族と、近いようでいて同じではないそれらに僕たちは振り回されながら毎日を生きているのだろう。ただその中でも、光る夕星をめ

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蒼井ブルー・新井陽次郎(2022)『こんな日のきみには花が似合う』NHK出版

タイトルからして神。やさしい愛が溢れるかのような語り口調で、とある二人の過ごした一年が綴られている。誰かと一緒に暮らす日常の、ありふれた小さな幸せをひとつひとつ描き上げていく文章と絵のペアリング作品。

どんなに近くにいても内に秘めていては分からない考えを、どんな人だって抱えている。言葉が足りないぼくらには、試練に打ち勝てるほどの強さはないかもしれない。でも、共に過ごした時間と好きという気持ちが、

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篠田節子(2019)『冬の光』文春文庫

大学闘争やその後の高度成長期を生きた一人の男の人生を描いた物語。切っても切り離せない男女の関係のどうしようもなさと、人生の夢と現実の折り合いのつけ方の二大テーマを綿密に書き上げる。

この世界には絶対の悪意は滅多になくて、それでも誰かのやむにやまれぬ行動は、別の誰かを深刻なまでに裏切ることになってしまう。仕事も恋愛も、皆が皆、望みの通り果実を手に入れられる世の中は実現しようがないのであろうか。

窪美澄(2017)『水やりはいつも深夜だけど』角川文庫

映画『かそけきサンカヨウ』の原作本。映画と同じで、読後にどことなく透明で爽快な感情になる。家族や結婚や恋愛の、決して状況が一夜にして好転することのない絶望感は厳然としてそこにありつつも、それでもクリアな気持ちになれる不思議。

作者の窪美澄さんは男女を中心とした人間関係の「どうしようもなさ」を描く作品が本当に秀逸で、本作も全く期待を裏切らない。人間に対するそんな眼差しをこの世界のみんなが持てたなら

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小坂流加(2017)『余命10年』文芸社文庫NEO

余命が10年と言われた女性の、その死までの心の移り様を描いた物語。特筆すべきは、筆者がまさに死を目前にして本作に取り組んできたということであろう。そうした背景を分かった上での読書体験となることで、一層言葉の重みが増すように感じる。

「死」という感覚の描写が書中に登場するが、この世の誰にも分からない感覚であるにもかかわらず、どこか描写が現実的で、真剣な気持ちになってしまう。また、主人公を傷つける友

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カツセマサヒコ(2021)『夜行秘密』双葉社

凜ちゃんは死んでしまった。恋と、愛と、どうしようもない殺意といった、激しい感情が巣食う、我々人間の内面にあるリアルな現実の犠牲者となって。果たして、違う結末はあったのだろうか。私たちは、どこで間違えたのだろうか。

人間誰しも不完全で、不思議とどうしようもなく欠けているところがあったりする。世間の常識がどう判断するかなんてものは分かりきっているはずなのに、どうして出来ないのだろうかってくらい、人間

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柚木麻子(2020)『さらさら流る』双葉文庫



人間が全力で感情をぶつけ合って生きて、そして別れて、振り返りながらまた一つ強くなっていく。誰にどうされようと動かない自分の芯のような部分があったりして、その強さに自分でも恐ろしくなってしまったりする。それでも捨てられないものだから、私なりに向き合って進んでいく。

現代の男女交際を基軸に、リベンジポルノのようなもの題材として取り上げ、今という時代に生きる人間の姿を湧水のような瑞々しさで描く。こ

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住野よる(2020)『この気持ちもいつか忘れる』新潮社



バクホンとのコラボ企画の小説。シンクロした世界観の音楽もとてもいい。内容は、どこか達観している男と周りの世界の軋みを描くもの。白石一文の物語に少し似ている。恋愛とは、社会的な武器も鎧も捨てて、ただ一人の人間として向かい合うということなのだと思わせる場面が描かれている。

気遣いとか思惑とか歯に衣着せたような会話をしている二人が、ある瞬間にふと剥き出しの感情をためらいもなくぶつけ合うことがある。

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櫻いいよ(2020)『それでも僕らは、屋上で誰かを想っていた』宝島社文庫



群像青春劇。まっすぐな想いはいつもすれ違い、誰かを傷つける。でもこの物語はむしろ、誰かを傷つけたくない思いが歪んで、惨事をもたらす。行動することと、あえてしないことは、どちらが正しいことなのだろうか。

ネット小説由来の文体はむしろ少なく、一般的な文芸作品となっている。簡単に名前をつけられない感情と、抱えきれないほどのそれを抱え込もうとする青年たち特有の真っ直ぐな態度を詰め込んだ切ない一冊。