#小説
❝G❞から❝A❞までの道
とうに夜半は過ぎた。雨の中、夜会服を着た仕事帰りの女が傘も差さずにアジトの前で立ち尽くしている。無理も無い、自分の相棒が正門の鉄柵に串刺しにされていたとあっては。おれは植え込みから飛び出して、彼女の悲鳴に紛れて距離を詰める。背後からウィスキーの瓶で後頭部に一撃、咄嗟の防御も間に合わずに化粧崩れの殺し屋は頭を割られてくずおれた。殺し屋の表情は読み取れない。おれは死の淵から這い上がる代償に自分の感情を
もっとみる掌編小説『水色スイマー』
ゴーグルを通してみる水底は肉眼で見るのと妙に遠近感が違う。
俺はクロールで五十メートルプールの中程まで息継ぎなしで泳ぐ。手足の先からピリピリと酸素が抜けていく。限界に達した時、水面から最小限の動作で息継ぎをする。一気に肺が膨らむ感覚がした。
五十メートルプールの端までたどり着くと、俺は勢いよくプールから上がった。吹きすさぶ風が、もう六月になるというのにどんどん体温を奪っていく。もちろん下半身
【掌編小説】おもいで
白く乾いた茶色い土に、ぽとり、ぽとりと。黒いしみが落ちていた。
「ちょこれーとだ!」
女の子が言う。
「かのちゃん、ちょこ、れぇ、と!」
女の子がしゃがんだ。
「かのちゃん!」
ひかりを受けてふわふわ揺れる、か細く短く逆立つほつれ毛。女の子のうしろ頭と、黒いしみ。
「かのちゃん!ほら!」
腰を折って、目をしみに近付けた。じんわりと、ふっくらと、縁から盛り上がり、縁から剥
黎明 #原稿用紙二枚分の感覚
見上げたところにちょうど、夏の大三角形が輝いていた。ミルクを撒いたような天の川が浮かぶのはそこだけで、あとは闇に溶けている。今夜は雲が多い。
海に出てからの時間をメモしていたが、記録したのは昨日まで。フェルディナンの手帳は、胸ポケットに仕舞われたままだ。
冷たい空気が吐息を視覚化させる。淡い星明かりのもとでは、それを見られるのも鼻先くらいまでだ。暗闇の勢力はそれほど大きい。籐で編まれたゴ
長い髪 #原稿用紙二枚分の感覚
「お母さん!お母さん、いないの?」
半泣きで走って帰った家は空っぽで、帽子とランドセルを乱暴に玄関先に投げ込むと、由美子は斜向かいの山田家に走った。
5月にしては暑い日で、山田の叔母さんは風を通すために玄関のドアを開け放っていた。玄関先には母のサンダルが並べられていて、奥の居間からは良く通る母の声と山田の叔母さんの笑い声が聞こえていた。
「お母さん!」
まるで自宅かのように靴を脱ぎ捨て、挨
アスファルトの上の陽炎(ショートショート)
歩いても歩いても景色は変わらなかった。
右手に広がる青々とした田んぼ。前方に佇む山は霞んで見えた。
目の前のアスファルトは山に吸い込まれるように一直線に伸びていた。
ジ、ジジジーィ!
油蝉の鳴き声が尻すぼみに止んだ。
アスファルトには木の影が黒々と刻印されていた。
汗が左頬を伝わる。
左の眼下に白い砂のグラウンドが現れた。大学野球の練習場だ。
僕はカバンを置くと、捕手の人形のキーホルダーが躍った。
目覚める前もずっと暗い
夢の中でだけれど、初めてバラの花束をもらった。青いのを三本、リボンで結んだ小さな花束だ。八重咲の花びらには蛆が這っていて、でも、とても良い匂いがする。
棘の部分がむき出しのままだから、無理に握らされるとすごく痛い。渡してきた相手の手も血塗れで、きっと彼も同じくらいに痛かったはずだ。これでおあいこということには、けしてならないけれど。
私と彼が初めて会ったのは子どものころで、やはり眠っていると