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アスファルトの上の陽炎(ショートショート)

歩いても歩いても景色は変わらなかった。
右手に広がる青々とした田んぼ。前方に佇む山は霞んで見えた。
目の前のアスファルトは山に吸い込まれるように一直線に伸びていた。
ジ、ジジジーィ!
油蝉の鳴き声が尻すぼみに止んだ。
アスファルトには木の影が黒々と刻印されていた。
汗が左頬を伝わる。
左の眼下に白い砂のグラウンドが現れた。大学野球の練習場だ。
僕はカバンを置くと、捕手の人形のキーホルダーが躍った。
アスファルトから下りる石段に腰かけグラウンドを眺める。

捕手の僕と投手の悠太の高校野球最後の夏は、すぐ終わった。それ以来、僕達は一緒に下校してここからグラウンドを眺めた。
瞼を下ろすとこの大学でまた悠太とバッテリーを組む姿が浮かぶ。
後ろから足音がし、振り向く。悠太だった。
「遅い」
「わりい」
悠太はカバンを置き隣に腰かける。
ほのかに甘い香りが漂う。目が染みそうないつものシーブリーズの匂いではなかった。
悠太が口を開く。
「翔平先輩の話聞いたか」
「知らん」
高校の2コ上だった翔平先輩はこの大学で野球を続け、一緒に野球やろうと、僕達を誘ってくれていた。
「先輩、2年になって投手で活躍し始めたろ」
「おお」
「そしたら上級生にシメられた」
「えっ」
悠太のほうを向く。悠太があごでグラウンドを差した。
「先輩いないだろ。大学辞めたらしい。上級生が先輩の右の人差し指を金づちで叩いて、骨を粉々に砕いたらしい」
僕は尻が濡れているのに気づいた。
ブルルルル
悠太のスマホの振動音だ。
胸ポケットからスマホを取り、悠太は画面を確認してポケットにしまった。
「あっ、俺これからちょっと」
悠太はカバンを担いでアスファルトを歩き出した。
カバンの紐には一緒に買ったはずの投手のキーホルダーが消えていた。

僕はグラウンドをボーっと眺めた。
いつの間にか尻が冷たくなっていた。
立ち上がってアスファルトの先を見る。
陽炎だろうか、小さくなった悠太の背中がゆらゆら見えた。

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