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なんでもない。

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記したつもりが消えていくもの。
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#短編小説

多面体。(父の夢をみたから固定)

多面体。(父の夢をみたから固定)

 夏が過ぎ、秋へ向かう。

 季節の変わり目は、いつも高校2年の夏休みを思い出す。
精神は湖のように深くゆれ揺らぎ、全身を浸した水面で手足を掻き続けて底が濁る。濁らせたい訳ではないが動けば動くほど濁りは広がってゆく。同時にいつ沈むのか推測不能な不気味さに体が冷え切る。常に水の中に浸っているからか手先足先が痺れる。一歩進み出したら一瞬で溺れてしまうかもしれない恐怖と緊張と裏腹に、陸に上がり自分の体温

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リバース。

リバース。

 車を運転しながら、山手通りを走る。

 自分の部屋以外を清掃する新鮮さ。雨続きのジメリ感から、秋晴れを予感させるような陽射しに全身を任せる。人間は光がなくては生きられない。そんなことを思い浮かべながら、箒を手にしたままで通りをフラッと渡り、目黒川を覗き込んだ。

 あの日、あの時と変わらない水の流れに、実際に暮らしてた頃の残像がフィルムとアルバムを巡るように、交互にスライドして回る。この近所の暮

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この世の果てまで。

この世の果てまで。

「ねぇ、私、今日のこと一生忘れないと思う」

 その言葉で、お台場へ向かうレインボーブリッジで、彼女を見た。疲れ切っている横顔が、ライトでほんの少し明るく照らされ、安堵感が漂う。助手席で堪えるよう硬く手を握りしめているその不安に寄り添うように、片手を重ねる。

 夜のドライブに彼女を連れて来た。

 全て上手く行ったんだ。もう彼女を縛るものはない。逃げ切ることが出来た。

 そう思っていた。

 

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エフェクト。

エフェクト。

 「貴女も どうか お元気で」エフェクトしながら、脳内に流れる。

 たとえ血の繋がりがある関係でも、「時間」というものの前では無力だと、それを実感した。

 もう息子と私の「時間」が重なることは、二度と無い。

 喜びと哀しみの複雑に混ざってる涙の、色と味を知る。

 はたち過ぎたばかりでの結婚で、約10年後の離婚までに残ったものは何もない。厳密に言えば、失われたものの方が多いのだろう。息子を含

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始まりは、赤。

始まりは、赤。

 「どうしたい…?」彼が、ポツリと言った。
暗闇の空間が色づく。欲望の色は、"赤"だ。

 お互いに友人と訪れていた"wanna dance?"という六本木にあるクラブで、声を掛けて来たのが彼だった。ソムリエというだけで、何故、こんなにも格好良く小慣れているのだろう?大人への憧れが、そのままが実在する人物として、目の前に現れたのだから夢のようだ。夢で終わらせたくない。

 「これから、どうしたい…

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